食卓、会食恐怖
食事の席が苦手だった。
今でも苦手だ。
知らない人、苦手な人と一緒にテーブルを囲むのが緊張する。
自分の一挙手一投足が見られてる気がする、緊張や不安が態度に出ている気がして、そしてそれを不審に思われたり変に思われないか気になって余計におかしくなる。
大人になってお酒を飲むようになってからは、お酒を飲んで酔っ払って、緊張を緩和させるという方法を覚えて、なんとかやり過ごすことができたりもするようになった。
小さい頃から、食事、食卓の席にはいい思い出がない。
小学校入学して2学期に転校して、祖父母との同居が始まった。
食卓は祖父母、母、兄、仕事の都合で父がいたりいなかったり…と一緒に囲むことになった。
あとでわかることだが、母は嫁姑の関係や同居がストレスで、精神科通院や睡眠薬服用をこの頃していたらしい。
兄は、両親と意見が合わず、別の家の子になりたかったらしい。
ある時、食事の席で父と母がちょっとした言い合いをして、母が泣いたことがあった。
私は、そんな不穏な、不安定な食卓の様子を敏感に察していたと思う。
母が泣くのが嫌だった。
母に泣いてほしくなかった。
祖父母との間の不和や我慢やストレスも、敏感に察知していたように思う。
自分はピエロになって、母親に泣いてほしくないがために、精神を安定してもらうために、道化になったり、いい子でいたりしたように思う。
周りの顔色や空気、雰囲気を敏感に感じ取って、緊張していたように思う。
食卓ではいろんな嫌なことがあった。
母は、1日30品目食べろと私に言ってきた。
食卓や食事は、楽しかったり嬉しかったりする時間や場ではなく、緊張を伴ったり、栄養摂取のプレッシャーを掛けられる場や時間だった。
そんな雰囲気では、食事が楽しみや好きになることもなく、私は食が細かった。
早く食事の時間を終わらせたかったのかもしれない。
無事に食事の時間を終えることだけを考えていたのかもしれない。
父親の自転車を借りて無くしてしまった時は、祖母から、
◯◯ちゃん(私のこと)は全部忘れちゃうんだ…
みたいに責められた。
私は泣き出してしまった。
そうじゃない、忘れたわけじゃないと思ったけれど、言い出せず、悔しくて泣いてしまった。
父が反論した、そうじゃないと。祖父がばあさん…と嗜めた。
でも、その後のフォローもなにもなかった。
それどころか、母には、おばあちゃんにちょっと言われたくらいで泣くんじゃない!
と言われた。
自分は泣いていたくせに。
私はひどく傷ついた。
孫よりも息子を愛して、孫よりも自分の子供だけを信用し可愛がる祖母だった。
私はこの祖母が嫌いだった。
けれど、どこにも逃げ場がなかった。
この祖父母との同居がらなかったら…
同居による家族の不協和音に、父が本気で向き合ってくれたら…
母が情緒不安定なのを、子育てやいい子に育つことにのみ着目し、子供の心情や個性特性をもっと慮ってくれたら…
母型の祖父母宅に行くと、祖父からはいっぱい食べろ食べろと食事を勧められた。
無理やりおかわりして食べていた。
ハエの死骸がついた蝿取り紙のぶら下がる食卓、食卓のすぐそばに汲み取り式便所がある環境で食事をすることも、大食することをプレッシャーかけられることも嫌だった。
叔母が泣いたあときつく当たられ、自分のせいだ、自分が悪いと萎縮してしまい、叔母の作る料理を食べる時は、気を使って美味しい美味しい言って食べていた。
そんな祖父母宅での食卓も嫌だった。
幼い頃の食卓には、いい思い出がない。
その後、アルバイトをして、自分のお金で、好きな人と好きなものを食べるようになったり、自分で料理ができるようになると、食事や、誰かと一緒に食事をすることが、楽しいと発見した。
気の置けない友人との会食や、外食、お付き合いしていた女性と家で一緒にご飯を食べること…
食事や食卓の楽しさは後から知った。
しかし、幼い頃の名残か、いまだに知らない人や苦手な人と、食卓を囲んだり食事をするのは緊張するし、楽しめない。
苦手な人や好きでない人と食卓を囲み続けた幼少期、不安や緊張感とともに食卓を囲んでいた生育環境の呪縛から、いまだに逃れられていないみたいだ。
今の自分が幼い頃の自分に声をかけてあげられるとしたら…
お母さんが泣いてるのは君のせいじゃないよ。お母さんが泣いてるの嫌だよね。すごく気持ちがわかるよ。おばあちゃんはひどいことを言うね。でも、君のせいじゃないからね。私は君の味方だよ。おじいちゃんにガミガミ言われて怖かったんだね。怖いよね。頭ごなしに言われると。でも、食事は楽しく美味しくするものだから、無理して食べなくてもいいんだよ。30品目食べろと言われても、好き嫌いもあるよね。美味しいと思うもの、食べたいと思うもの、食べてもいいよ。楽しく食べることを忘れないでね。
好きじゃない人や、嫌な人と一緒にいないといけないこと、一緒に食卓を囲まないといけないのは辛いよね。
でも、嫌だと思うのは変なことでもおかしなことでもいけないことではないんだよ。
嫌だったら、逃げてもいいし、他の場所を探してもいいし、1人で食べてもいいんだよ。
君には人を嫌いになったり、苦手だと思ったりする権利があるんだよ。
自分の気持ちを自分で認めてあげていいんだよ。
無理にかき消そうとしたり、隠さなくてもいいんだよ。
僕は、君の味方だからね。
そのことを覚えておいてね。
そのことを、決して忘れないでね。
いつも、君のことを見守っているからね。