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アメリカのフードバンク

「世界一美味しいオレゴンの青空レストラン」の舞台であるグラスルーツガーデンを運営するのはフードバンク FOOD for Lane County(レーン郡のためのフード)だ。

日本ではフードバンクの知名度はアメリカほど高くないが、その活動がコロナ禍で注目を浴びるようになった。フードバンクとは、安全に食べられるのに過剰在庫や規格外などの理由で販売できない食品をスーパーなどから寄附してもらい、それを必要とする団体や人に無償で提供する活動だ。

フードバンクに集められた食料は、フードパントリー(食料配給所)へ運ばれ、必要とする人々に配られる。日本でも、コロナ禍でキャンパスにフードパントリーを設け、学生に食料の無償提供を始めた大学もある。食事作りは休止してもフードパントリーとして困窮した人たちのために食料提供を続けている子ども食堂も多い。日本でフードバンクの役割に脚光が当たり始めているのを機に、私がアメリカで垣間見たフードバンクの活動を簡単にまとめておきたい。

FOOD for Lane Countyは、オレゴン州に点在する約20の非営利のフードバンクの一つで、ユージン市郊外に大きなオフィスを構える。隣接する巨大な倉庫には食品メーカー、スーパー、地元の食料品店、農家、一般家庭などから寄附された段ボール箱がたくさん積み上げられている。2015年に倉庫を一緒に見学した娘が、「コストコみたい!」と驚いていたのを思い出す。それほど規模が大きいのだ。箱の中身は、消費期限の迫った缶詰、パスタ、米、豆類、スナック菓子など。肉などは大型冷蔵庫・冷凍庫に保存される。

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Food for Lane Countyのサイトより

見学中に、規格外のニンジンの入った箱が次々と運び込まれていた。スタッフとボランティアが荷物の仕分け作業に奮闘している。食料はフードバンクのロゴ入りの白いトラックに積み込まれ、フードパントリーへと運ばれる。ユージン市では大学のキャンパス街、地ビールで有名なブルワリー、レストラン、NPOのオフィス、教会などいたる所にフードパントリーがあり、必要とする人は誰でも食料を無料で受け取ることができる。オレゴン州にはフードパントリーが1400ほどあるという。

フードバンクの使命は、低所得者層の食料支援とフードロスの問題解決だ。オレゴン州のフードバンクのすごいところは、余剰食料を集めて配るだけではなく、低所得者層の健康改善に真剣に取り組んでいる点だ。フードバンクに集まってくる食品には、実は、脂肪分の多いスナック菓子、飛び上がるほど甘いお菓子、塩分過多の缶詰、添加物入りインスタント食品が多いので、そのような食品に依存せざるを得ない家庭の子どもたちは肥満や糖尿病に悩ませられる。米国では子供の生活習慣病は貧困の象徴でもある。このような人たちを取り残したままでは持続可能な食のシステムは実現できない。

家計に余裕のある人は、新鮮なオーガニックの野菜や果物を買うことができる。地元農家を応援でき、ローカル経済の活性化にもつながる。環境に優しく、ローカル経済にも貢献しつつ、オーガニック野菜を毎日食卓に並べて「サステナブルだね」と満足している人は多い。

一方、フードバンクの受益者は、生活が苦しくてオーガニックを買う余裕のない人たちだ。この人たちにも新鮮なオーガニック野菜を届けたいという思いでフードバンクのスタッフは様々な取り組みを進めている。その上で、サステナビリティのトライアングルEnvironment(環境)、Economy(経済)、 Equity(公平性)、これら3つすべてに配慮していなければならない。この中でも、最近は公平性が特に重視されている。フードバンクは、さまざまな理由で米国にやって来た移民を含むすべて人々の多様性を受け入れ、その人たちのニーズに応えるよう日々頑張っている。

余った食料を提供するだけの対処療法では一時的な飢えをしのげても根本的な解決につながらない。このような状況を改善すべくFOOD for Lane Countyは、30年ほど前、グラスルーツガーデンを立ち上げ、低所得の人たちのために有機無農薬の野菜果物を育てる取り組みに着手した。「世界一美味しいオレゴンの青空レストラン」シリーズで書いたように、フードバンクのスタッフと地元の市民ボランティアが一緒に育てて収穫した新鮮な野菜が必要な人の元に届けられるようになったのだ。

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ケールの箱詰め

とは言っても、今まで缶詰やレトルト食品の配給に依存してきた人の中には野菜をどう調理したらいいのかわからない人が多い。栄養のバランスについて知識がない人も多い。そこで重要な役割を担うのがキッチンだ。倉庫の隣にある大きなキッチンとダイニングホールでは料理教室が開催されたり、子ども食堂ならぬ「誰でも食堂」のためにスタッフやボランティアらが料理に精を出していた。グラスルーツガーデンにもアウトドアキッチンが併設されていて、誰でも気軽に料理や栄養について学べる。

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ラベルを貼ってフードパントリーへ出荷

このように誰一人取り残さず健康な食生活を送れるようサポートする環境が整っていた。ある日突然失業し、ワラをもすがる思いでフードバンクの扉を叩いた人の中には、食料支援を受けながら、畑仕事と料理のスキル習得し、やがては自立をし、今度はボランティアとしてフードバンクの活動を支えるまでになった人もいる。

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アウトドアキッチンでの料理教室

米国ではフードバンクの歴史は1960年代に遡る。50年前、ある一軒の食料配給所から始まったフードバンク、その数は全米で徐々に増え続け、コロナ禍でそのニーズが一気に高まった。フードバンクニュースによると、Feeding Americaというフードバンクネットワークで認識されている主なフードバンクの数は300とされているが、実際の数はそれをはるかに上回るという。

同ネットワークでは、コロナ禍で食料の寄附と配給が急増し、2020年に提供した食事は対前年比44%増、60億食にのぼった。政府補助金や個人からの寄附が多く寄せられ活動資金に充てられた。パンデミックの中、マスクをして安全ベストを着たフードバンクのスタッフが長い列で待っている人たちに食料を配る様子をしばしばニュースで目にした。ユージン市の知人もカラフルなマスク姿で食料配布に奔走していた。

私がグラスルーツガーデンでフードバンクの活動に関わったのはパンデミックなど想像すらできなかった5年前のことだ。当時「オレゴンのフードバンクのような取り組みが日本でも活発になってほしい」と、あるスタッフに話しかけたところ、意外な答えが返ってきた。「私たちが目指しているのは貧困のない世界、いわゆるフードバンクのない世界。フードバンクが必要じゃなくなる日が一日も早く訪れるよう頑張っているんだ」と。そうか、フードバンクの究極の目的は、飢える人がゼロになり一人残らず健康な食事ができること、その目的を達成した日にはフードバンクの存在意義はなくなるのだ。

だが、現状は悪化の一途を辿っている。2021年の米国の連銀のデータによると、この国では1%の富裕層が60%の中産階級が所有するより多くの富を握っているという。全人口のわずか1%の富裕層がコロナ禍でますます金持ちになり、そうでない人はますます貧乏になっていく。格差大国アメリカでは、貧富の差がいっそう拡大している。

フードバンクがなくなる日、本当にいつか訪れるのだろうか……

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