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24歳のエチュード 

はじめに
大学を出たはいいものの、僕はやりたいことが見つからず、自堕落な生活を送っていた。そんな折、あることがきっかけとなり24歳の時にピアノを始めた。あまりにも遅過ぎる挑戦である。だが僕は、これに賭けてみようと思った。今思えばあまりにも楽観的であった。以下は、音楽科の大学に入学するまでの2年間の奮闘記である。

これから、新しく何かを始めてみたい!という人へのささやかなエールになれば、これほどうれしいものはありません。


僕は思い出す。ゴミ袋でいっぱいになったあの部屋のことを。脱ぎっぱなしのパジャマのことを。こたつの上に置いたままになっているカップラーメンの容器を。干からびた何かを。空になったいくつもの酒瓶を。世界を呪い、他人を恨み、堕落していたあの頃を。

1.


2014年の春、皆は新たな世界へと羽ばたいていった。一流企業に就職した者もいれば、国家公務員になった者もいる。理系の友人はだいたい大学院に進学していった。
僕は、就職活動をしなかった。そしてただの無職となった。

一浪して入った大学は、関西ではそこそこ有名な大学で、入学した時は、これで僕の人生の全てが報われたと思った。しかし、どうしてもやりたいことが見つからなかった。いや違う。やりたいことはあった。ただ、どうしても踏み出せないでいたのだ。
僕は、大学に進学してから、今の学問を追求したいとは思えず、次第に音楽の勉強をしたいと思って日々を過ごしていた。現在の僕なら、さっさと大学を辞めて音大に行けば良いじゃないかとすぐに行動できたかも知れない。
でも、できなかった。苦労して入った大学を捨てられなかった。両親や、やっとできた彼女を幻滅させたくなかった。でもそれはきっとうまくいかないだろうという自分への言い訳だった。そうやってずるずると後回しにした結果、僕は何もかもが中途半端な人間のままだった。

卒業式の1週間前に彼女にフラれた。当然だと思ったのでただその事実を受け入れようとしたが、僕は、しばらく失恋を引きずっていた気がする。ふとした瞬間に涙がこぼれ落ち、その時は決まって日本酒を浴びるように飲んでいた。どうしてこうなってしまったのだろうか。全部自分が悪いはずなのに、誰かのせいにしようとばかり考えていた。
このまま家に引きこもっていたら一生酒を飲んで、ぶつぶつ文句をいうだけになって、しまいにはおかしくなってしまう。1週間は引きこもった。でもこれ以上はいけないと思った。

何もせずにじっとしていると何かやらないといけない気持ちが湧いてきたので、それは良かったことだと思っている。とりあえず明るい時間は外に出ようと思ったので、昼のバイトをしようと思った。今思うと、このバイトが僕にとってのささやかな光だったのだと思う。

2.


アパートから徒歩30分くらいのところにあるブックオフでバイトをすることになった。飲食店は接客や洗い物が大変そうだし、新刊書店も良いなと思ったが、近所の大型書店はいつも混んでいた。
一度ブックオフの店内を訪れ、なんとなくのんびりしている感じだったので、ここにしようと思った。
バイトに6人くらい面接に来ていたそうだが、採用されたのは僕一人だけだった。

店長は音楽の専門学校を出たあと、アルバイトで入り、何年か働いた後、正社員として採用され、この春から店長になったようだ。僕は、棚の作り方、買い取りの方法、値下げのタイミングなどを叩き込まれた。厳しい店長だったけど、初めて採用したのが僕だったようで、可愛がってもらえた。

ブックオフで働こうと思ったのは、本が好きだったからなのだが、大学生のときにほとんど読書をしていないことに気づいた。もちろん、文献や資料集めのために本を読むことは山ほどあった。でも、自分の時間で好きな本を読んでいないということに、その時になってやっと気がついたのだった。
驚くことに当時の僕の部屋には、ただの一冊も本がなかったのだ。

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