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裸祭りとキャンセルカルチャー

岩手県奥州市の蘇民祭という、神話に由来する裸祭りが次回開催をもって廃止されるという。以前からあるその祭りのポスターに写ってるザンゲフみたいな屈強な男の胸毛が「セクハラ」という話になり、1000年の歴史は胸毛のセクハラ認定により終幕することになる。

これも過剰なまでの人権意識の帰結でキャンセルカルチャーだといって良い。文化というのは歴史を見ればお行儀の良い人や権力者が作ってきたわけでなく、ある意味世の中の秩序から弾かれた者、言わば「不良」が作ってきたという面がある。つまり文化というのはどこかしら野蛮さを内包しているものでもあり、野蛮さにルーツを持つ部分があるとも言える。それを野蛮だから、危険だから廃止しましょうでは、あらゆる文化や作品がキャンセル(消滅)させられていく事になるし、それらがルーツとして持っている歴史や神話まで否定されることになりかねない。

セクハラ自体は確かにいけないが、何でもかんでもセクハラ認定してたら日本人はこういう文化をもう捨てるしかない。胸毛がポスターに写ってたからセクハラ、というなら胸毛の無い男ならいいのか。それは胸毛差別にならないのか。警察が公然猥褻に当たると言ってるそうだが、刑法でも陰部が出てなければ違法行為とはならないはずで、刑法は戦後間もない頃の施行だったはずだが、それをなぜ今違法であるかのように言ってるのか。

近年の人権意識の向上でなんでもかんでも「●●ハラスメント」と言うようになったが、「人権」の発祥はあくまでフランス革命後であって、「文化」は当然それより前からあるわけだから「人権」とは相容れない部分も当然ある。それを踏まえてないといくら「伝統文化を守る」といったところでポリコレ的な人権の前では沈黙し、キャンセル(消滅)させられていくしかない。


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