『愛する意味』恋は落ちるもの、愛は後になって気づくもの
本日は上田紀行さんの『愛する意味』をご紹介します。
インスタで恋愛についての人生相談を頂き、それに対して本の処方箋をお出しするという企画をしています。
フォロワーのみなさんにおすすめの本を教えて頂いているのですが、私の本棚にも何かあるかなぁと思って覗いてみたところ、本著がパッと目に飛び込んできました。
『愛する意味』って、まさにドンピシャなタイトル。
上田さんは、まえがきでこう書いています。
"日本人が幸せになれない1番大きな原因は「愛していない」ことにあります。"
さらに、恋愛や社会に対しても、「愛すること」よりも「愛されること」を優先した結果、常に周囲からの評価が気になる状況を生んでいると言います。
「こんな人でありなさい」
「評価されるためにはこれを達成しなさい」
愛されたり、評価されるのは条件つきなので、やがてあなたに不安や恐れをもたらします。
愛や評価は他者に依存するものなので、自分らしく生きていないことになります。
では、「愛すること」とは?
"無常とわかっていても、切ないのが愛するということです。
昨日はうまく会話がすすんだけれど、今日は何だかそっけないということもあります。
あるいは、いつも待ち続けて期待を裏切られても、やっぱり求めてしまうというような状況もあると思います。
人間はわかっていても求めてしまうものです。
恋愛を楽しむということは、その諸行無常の切なさを楽しむということです。
その切なさの中にこそ、私たちの実存、「私がここに
いる」という証があるのです。"
愛は物質ではなく、エネルギーだから貯めこもうとしてもそれは流れて消える「諸行無常」だと言います。
流れゆく愛を捕まえることはできない。
だからこそ過去の愛は美しい。
二度と捕まえることができないものだからかもしれません。
自然や季節が変化していくように、愛も時間の流れや場所、タイミングによって変化していくと言います。
上田さんの言葉が沁みる一文はこちらです。
「私が愛してみたときに私が愛の源泉であることに後から気づくのであって、そこに愛があるとわかっていて誰かを愛するのではない」
相手に出会い一瞬の強いエネルギーを感じることが「恋に落ちる」ということ。
「恋」に突然落ちて、「愛」は後づけでそれと気づくものなのでしょうか?
「愛する意味」って結局なに?
捕まえれば逃げるもの、諸行無常。
わー、それじゃ両想いになれないじゃん!
0点の答えしかでない、きりんなのでした。
恋愛向きでない。