イジメ問題に思うこと#3
「旭川女子中学生いじめ凍死事件」
この事件でどうしても思い出してしまう事件がある
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」だ
この事件の時もそうだった
くだらない一部の大人たちが
何らかの自分たちの保身のために加害者側を「守りすぎた」せいで
彼らは反省する機会を失ったまま
その結果 許されることなく更生もないまま
一生涯「世間の冷たい目」に晒されている
もちろんそれだけのことをしているのだから当然の報いであるし
それが一番の罰だと言う人もいるだろう
*
「加害者の家族もまた被害者」
わたしの人生はやはりおかしな運命のようで 後にその「加害者の家族」と偶然出会い
人見知りなわたしにとっての数少ない「呑み友達」だった時期がある
加害者家族であることを打ち明けられてもいないのだけど
気がついてしまったことを悟られ
それから避けられた
この事件以前の19歳の時に暴漢に襲われたのだけど
この時の犯人もこの事件の加害者のひとりだったりもする
何かにつけ「引き寄せる」運命なのだけど複雑怪奇かな わたしの人生...( = =)
つまり殺害された被害者は
わたしだった可能性もあったんだよね
当時10代だった加害者たちも既に中年後期
詳細は伏せるけれど
その加害者の母親が脳梗塞で倒れた
すると不思議な事故ばかりが起きた
入院中「ウッカリ」看護士の手が滑り
ベッドから落ちて腕を骨折
違う日にも「ウッカリ」目を離した隙に転ばせて前歯を数本折ったり
助かる確率が半分と言われた2度目の手術もなんとか成功し
あとは療養系の病院へ移転するだけ
そんな話を聞いていたのに
ある朝突然亡くなっていたのだという
謎な不審死…
息子であるその加害者は「もういい」と言って解剖を断った
これが何を意味するのか
想像してみて欲しい
*
真実を捻じ曲げること
それは誰も救われないということ
加害者を徹底的に叩いて晒して
人生丸ごと叩き潰してしまえ!!も違う
報復と復讐
そんな感情の渦へ仕向ける流れ
その先にあるのもまた「イジメ」に他ならない
そんな「負の連鎖」は起こりがちなことだ
追い詰めて晒して人生丸ごと潰すことではなく
抜け落ちている「人間性」を取り戻させるために更生させること
己が犯した「罪」に気づかせ
見つめ続けながら背負いながら
ひっそりと生きていくよう悟すことしかない
罪を償うその機会を奪ってはいけないのだ
ましてやそれが大人たちの「自己保身」のためだなんて冗談じゃない
加害児童に言いたいのは
大人に振り回される前に
辛い人生を送りたくないのなら
自分からすべて話して欲しいということ
今ならまだ間に合うから
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