【ルーツ旅🌺高知編・夏祭り🎐②】400年前の鎧兜を身につける
▼今回はおみこしや太鼓の演奏はなし
夏のお祭りは、秋よりも人数が少ないと聞いていましたが、それでも参加者は20人ぐらい集まっていました。ただ前回と違い、おみこしや子どもたちの太鼓の演奏はなし。シンプルに、神主さんが社殿で儀式を行い、それに私たちが参列するという形になるようです。
▼長年この場所でお祭りが行われた意味
この神社は、Z村でもかなり山奥にありますが、昔はさらに山の上にあったとか。あまりにも不便だということで、明治時代にここに移転してきたそうです。
それでも、こんな辺鄙な場所に社殿を建て、年2回、決まった日に一族が集まってお祭りを続けるのは大変なことに違いなく、生半可な気持ちでできるものではありません。
記録によると、この春日神社は寛文2(1662)年、筒井吉右衛門が神主となって建てられたそう。
長い間このお祭りが続けられてきたのは、きっと彼らが滅亡した大名家の末裔であるという誇りと、このお祭りを通じてその歴史を子孫に伝えていかなければという使命感を抱いていたからではないでしょうか。
たとえ詳しい記録は残っていなくても、遠い昔、この村に移住してきた筒井一族がこの神社を作り、その子孫がお祭りを行ってきたことは間違いないように思われます。
▼なぜ私はこのお祭りに参加しているのか
この後、神主さんがみえて、一連の儀式が行われました。約1時間、社殿の中で正座をしたものだから、私は足がしびれて大変でしたが、それはさておき。
神主さんの祝詞が終わったあと、みんな次々と名前を呼ばれて神前に向かいます。最後に、私と娘も呼ばれて神前に進み、手をあわせました。
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正直いって、なぜいま私がここにいるのか、自分でも理由がよくわかりません。
こんな遠いところまではるばる娘を連れてお参りに来るなんて、我ながら酔狂だなぁと思います。
でも私は、まるでZ村に呼ばれているかのような一連の出来事の中に身をゆだね、その流れに逆らうことができませんでした。
私はそう思いました。
▼代々伝わる鎧兜を身につける
とどこおりなくお祭りが終わり、昼食の準備が始まりました。その間に私と娘は、前に来たときの約束どおり、村に伝わる鎧兜(よろいかぶと)を見せてもらうことにしました。
かなり古そうな木箱の中には、鎧兜が一式、入っています。
おお、立派な兜が出てきました✨
意外と新しそうに見えるのは、ボロボロになっていたのをつい最近、修理に出したからだそう。
へえー、本物の鎧兜って、実際に見るのは初めてだなあと思いつつ眺めていると、
「娘さん、どう? よかったら着てみる?」
との声が。
えっ、着ていいの??
もし娘が壊したらどうしようと、ちょっとためらいましたが、こんな機会はまずないので、ありがたく申し出を受けることにしました。娘の身長は150センチ台だから、サイズはぴったりのはず。
突然のことで、娘はちょっと緊張しているようです。
伝承によると、この鎧兜は約400年前、山から下りてきた戦国大名・筒井定次が神社に奉納した宝物の1つだそう。鎧兜はもう1つありますが、ボロボロになりすぎて、木箱から取り出せないということでした。
▼遠い昔に思いをはせる
社殿には、鎧兜を身に着けたり、正装をした人々の写真が飾られていました。何かのイベントの時に撮られたようです。おそらく数十年は経っているでしょう(プライバシー保護のため、顔がハッキリ分からない写真を載せます)。
お祭りが終わったあと、みんなから離れたところで、娘が一人でたたずんでいました。一族の歴史に思いを馳せているのか、それとも、ここは虫が多いから早く東京に帰りたいと思っているのか、それはわかりません。
昼食をとったあとは、再び若村さんの車に乗せてもらい、Q集落にある延命寺のお堂に案内していただきます。果たして、今度こそ延命寺の鐘は見つかるのでしょうか?🌺✨
=͟͟͞͞🌸=͟͟͞͞🌸=͟͟͞͞🌸=͟͟͞͞ 皆様へのお願い =͟͟͞͞🌸=͟͟͞͞🌸=͟͟͞͞🌸
高知県の「Z村」がどこだかピンと来ても、コメント欄に実名を書くのはお控え下さいね🙇💓
小さな村で、特定して何かご迷惑をかけると申し訳ないので。
よろしくお願いします☺️🙏💕
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