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八月(August,Francis Ledwidge)私訳


八月

日の始まりの薄暗がりにやつてくる
刈り入れの歌の黄に重なる光の白さ
露に濡れた虹踏みしめる
その美しさ力強さ            
目蓋をもたぬ真昼の瞳が
刈られた小麦を踏む足を焼き
日がな一日、その鳶色へ口づけるに相応しい

落穂に埋もれるコオロギの頭上
積み藁の列の中にゐる
五月の青と十一月の灰白
色違いの瞳を伏せた時そのひととわかる
錆びた大鎌を下ろし、呼ぶ姿を
赤壁の納屋から見てゐた
彼女を追つてわたしも行かう


原文(August)

She'll come at dusky first of day,
White over yellow harvest's song.
Upon her dewy rainbow way
She shall be beautiful and strong.
The lidless eye of noon shall spray
Tan on her ankles in the hay,
Shall kiss her brown the whole day long.

I'll know her in the windrows, tall
Above the crickets of the hay.
I'll know her when her odd eyes fall,
One May-blue, one November-grey.
I'll watch her from the red barn wall
Take down her rusty scythe, and call.
And I will follow her away.

Anuna・August


補足

八月の最初の日はケルトの収穫祭、ルナサが行われる日でもあります。ルナサは収穫祭の名称であると同時に八月の意味を持ちますが、この語は太陽神Lughから来ていると言われています。この詩において、女性に擬人化された八月に収穫、太陽のイメージが重ねられているのも、こうしたアイルランドの風土を踏まえてのことでしょう。

詩では小麦の収穫が描写されます。小麦は初夏~夏の終わりに実り、収穫を行う作物です。アイルランドは長らくイングランドの支配下にあり、アイルランドの農民達は収穫した小麦の大部分をイギリスから来た領主に納付していました。「彼女」あるいは「harvest song」を彩る黄色は成熟した小麦の穂の色、風が吹けば一面に揺れ乾いた音を立てる小麦畑の色です。

ちなみに俳句では「麦の秋」という季語があり、これは初夏、5~6月頃の季語です。俳句の季語は日本本州、関西圏~関東圏が中心のためこうなるのでしょう(アイルランドの気候は北海道のそれに近いと考えるのが日本人にとって恐らく最もわかりやすいと思います)。

8、9行目、「落穂に埋もれるコオロギの頭上/積み藁の列の中にいる」の原文は以下の通り。

I'll know her in the windrows,tall
Above the crickets in the hay.

積み藁の列と訳したのはwindrows。刈り取った干し草や穀物(この詩では小麦でしょう)を山にしたものです。画像含む詳細は以下の(参考)に画像があるので参照ください。あるいは印象派の画家モネの「積みわら」を思い浮かべてもよいかもしれません。
参考・ウィンドロウ)(参考2・モネの「積みわら」

(参考)のリンク先にもありますがウィンドロウは、モアー(mower)または大鎌(scythe)によって草や穀物を刈り、ヘイレーキ(hay rake)で寄せ集めることで作られます。
一方、積み藁とは穀物の茎と実が分離しやすくするため、一定期間乾燥させる貯蔵庫です(藁とは小麦など、イネ科植物の茎を乾燥させたもの)。つまりウィンドロウの、刈り取って小山にした小麦を貯蔵庫の体裁に整えたのが積み藁である……といえます。ウィンドロウと積み藁は厳密には別物ですが、干し草の山の列、よりはわかりやすいと思ったのでこちらの語を取りました。
先の引用箇所でコオロギはwindrows、刈り取られた小麦の山のひとつやその周囲に散らばった小麦の茎の中に埋もれていて、sheはそのそばに立っているのでしょう。刈り取りはずいぶん進んだ段階と思われます。

最後の3行、原文は以下の通り。

I'll watch her from the red barn wall
Take down her rusty scythe, and call,
And I will follow her away.

2行目のscytheはwindrowsの説明でも登場した小麦を刈る大鎌のこと。
この詩におけるshe、Augustは夏の太陽の光の化身、日焼けした肌をもつ美しくも力強い存在であり、小麦を刈る農家の女性として描かれています。
呼び声に応えて詩の主体はAugustにつき従って行きますが、awayとあることからも進んだ先にあるのは夏の終わり、収穫期の終わりのように思います。

なお、インターネット上の個人サイトや各種音楽系サイトに掲載されているANUNAの『August』の歌詞をLedwidgeの詩と比較すると以下が異なることがわかります。

1. ANUNAの歌詞  I'll know her in the windows,tall
 Ledwidgeの詩  I'll know her in the windrows,tall

2. ANUNAの歌詞  I'll watch her down the red barn wall 
 Ledwidgeの詩   I'll watch her from the red barn wall


Anunaの「August」については筆者も楽譜やCDブックレットの記載等を確認できていないため、元の歌詞が間違っているのかネット上の情報だけが間違っているのかは不明ですが、ともあれインターネット上のANUNAの『August』の歌詞には少々留意したほうが良い……と言えそうです。

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