マイクロフィルムにレトロかわいいという価値を与える (月曜日の図書館171)
少し前まで、マイクロフィルムは時代の最先端だった。新聞なら約一ヶ月分、一本のフィルムの中にすっぽりおさまってしまう。紙は破れたり汚れたりするが、フィルムは劣化しにくいし、劣化しても焼き増しできる。おまけにコンパクトで、保管場所にスペースを取らない。
新聞も、雑誌も、官報も、古典籍も、マイクロフィルム化して保存することが、図書館のトレンドだった。
けれどデジタル技術の台頭とともに、あっさりてっぺんから転げ落ちる。
現在はどこの図書館でも、こぞって資料をデジタル化し、インターネット上で公開している。デジタルデータは劣化しないし、簡単にコピペでき、来館する必要もなく、さらに物理的な保管場所を必要としない。図書館が長年頭を悩ませてきた問題への、現時点での最適解だ。
ひるがえって、当時は画期的と思われていたマイクロフィルムだが、年数が経つと実はいろいろとやっかいな面があることがわかった。例えば適切な温度と湿度で保管しないと酸化してしまい、フィルムが波打ったり、溶けたりして、場合によっては紙の本よりも劣化が早いことがある。焼き増しするにもお金がかかるが、時代遅れの媒体に予算をつける余裕はない。
だからといって、全く使わないようにできるかといえばそうでもない。資料によっては原本はなくマイクロフィルムでしか閲覧できないものもある。フィルムをデジタル化するのも、これまた少なくないお金がかかる。
わたしがマイクロフィルムの担当になったとき、だからまったく愛着が持てなかった。フィルムは専用の機械を通して閲覧するのだが、その機械もかなり年季が入っており、フィルムの入れ方が曲がっていたり、ちょっと汚れがついていたりするだけで、すぐへそを曲げる。各部品も劣化しているが、業者によると、古すぎて交換部品を作っていないとのことだった。
酸化したフィルムは、目が開けてられないような酸っぱいにおいがする。引き出しにしまっていてもそのにおいは漏れ出てきて、事務室全体が悪い病気に冒されているような気がしてくる。担当とは名ばかりで、わたしはなるべくマイクロフィルムとは関わらないように、どうしても向き合わなければいけないときは薄目で見るようにしていた。実際にできることも少なかった。
担当でさえそうなのだから、それ以外の職員は言わずもがな。利用者さんから閲覧希望があると、何もトラブルが起こりませんようにと祈りながら出納し、機械が言うことを聞かないとプチパニック状態になる。
新年度になって、全員の前でわたしがフィルムを機械に正しくセットしてみせると、熱い拍手が巻き起こった。
ある日、図書館の仕事について、雑誌の取材を受けることになった。プロのインタビュアーの方なので、こちらの話を熱心に聞いてはくれるが、地味な郷土資料の話やレファレンスの話などはどうしても(図書館側としては重点的に伝えたいが)メモを取る頻度もテンションも低くなりがちだ。
趣向を変えて、図書館には本だけでなくこういう資料もあるんですよ、とマイクロフィルムを紹介したところ、段違いの良い反応が返ってきた。フィルムを透かして見せると、たくさん写真を撮ってくださる。読み取り機の画面に映し出された明治時代の新聞広告に、かわいいですね、とうっとりされていた。昔はお菓子の会社がキャラメルのにおいつき広告を出したこともあったそうですよ、これが調べたときの報告書です、サイトにもアップしてます。話も弾む。
図書館になじみがない人に対しては、本ばかり見せるよりもいいかもしれない。フィルムの中に新聞の記事が小さく焼きつけられているのは見ていて楽しいし、ガコンガコン、と大げさな音を立てながら機械が読み取っていく様子も、初めての人にとってはわくわくする光景だろう。
映画の18ミリフィルム。写真のフィルム。ビデオテープ。カセットテープ。かつては最新の技術として愛され、忘れられ、もう一度別の角度から人気が出てきたもののように、古き良き時代を感じさせるものとして、マイクロフィルムの価値を見直してみてもいいかもしれない、と思った。