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年の瀬ゴーゴー (月曜日の図書館209)

昼休みにいつものカフェに行ったら、見慣れない店員さんがいる。ポイントカードを持っているかと聞かれたので持っていると言う。よく使っていただいているのかと聞かれたので首肯する。

本社から視察に来た正社員の人かもしれない。いつも淡々としている店員さんが、今日は2割増の笑顔だ。つられてわたしもいつも以上に接客されて嬉しい様子を表現してみた。ポイントカードを所持している優秀な顧客として、みなの模範となるべき行動を取らなければ。

わたしたちの共犯により、この支店の評価はAプラスになるだろう。

年内最後の開館なので、駆け込みでたくさんの人が図書館にやって来る。別に来年でもよくね?と思うが、何かのっぴきならない事情があるのだろう。戦前の地図を狂ったようにコピーしたり、明治の新聞を何十年分もお代わりしたりする人たちで、いつもは静かな郷土資料コーナーでさえギラついている。

混乱に乗じて(?)悪口を大声で言いながら館内を歩き回る人や、他人のマナーの悪さを逐一報告して注意させようとする人などオールスターが一堂に会したため、カウンター周りは終始騒然としていた。

事務室にいてもひっきりなしに呼び出しベルが鳴る。覚悟はしていたが、今日は仕事にならない。

でもいいのだ。明日は休みなのだから。こういう日に限ってなぜか鈍器みたいな本ばかり出納請求されるが、腰を痛めても筋肉痛になっても、今日さえ乗り切れば明日はぶっ倒れていていい。

そう考えると心なしか体が軽くなったようで、すごいぞ、この前はじめた筋トレの成果がもう出たのか?と思ったが、本を持った気になって手ぶらで戻ってきただけだった。利用者に見えないギリギリのところで我に返り、また書庫への階段を駆け上がる。

周りが騒がしくても気にしない人たちも一定数いて、自習席の申し込みをしていたおばちゃんは、後ろの人がじりじりと距離を詰めているというのに、こっちにしようかしら、やっぱり小説に近い席がいいかも、時間は1時間?いややっぱりもっと長い方がいいわよね、とどこまでもマイペースにタッチパネルをいじっている。

あわや後ろの人が追い越すのではないかと思われたとき、やっと賢い選択を終えて席へと向かった。途中で声をかけようかとも思ったが、レシートプリンタに貸出券を差しこもうとしている人がいたのでやめさせる方が先決だった。

新規で貸出券を作る人たちのために利用方法をしゃべり続けて声が枯れかけたころ、おじいさんがふわ〜っと近づいてきて、自動車の車両認証試験の内容について書かれた本がほしいと言う。年寄りでもわかる入門書をください。おじいさんは世間で何か起きると、そのことに関する「年寄りでもわかる入門書」をいつも所望してくる。

しかも「いつもわかりやすい本を紹介してもらって本当に助かってるんですよ」とハードルを上げてくる。言われた内容そのもので初心者向けのものは見つけられなかったので、車ができるまでを解説した本のある棚を紹介した。希望に合った本が見つかるか気になったが、またすぐ新規登録者地獄に飲まれているうちに忘れてしまった。

本社からの視察があったらこうした対応をどう評価するだろうと思ったが、市内の図書館の元締めはここなのだった。

事務室では年末年始のポスト当番で出勤する人たちが段取りを確認し合っていた。返却ポストから本を掻き出す班と、予約のかかった本を拾う班に分かれ、双方が終わるタイミングで、返ってきた本を全員で棚に戻す。

利用者もお正月くらいまったりすればよいのに、どういうわけか毎年本を返却することと、次に読む本に予約をかけることに余念がない。作業としては単純だが、量が殺人的なので、全部終わるのに一日かかる。

げっそりしている人たちを尻目に、一度も当番をしたことがなくて、たぶんこの先もやらずにすり抜けたいと思っているN藤くんが、時間休を取ってはずむように帰って行った。年末のあいさつはなく、いつも通り「お先に失礼しまっす」とだけ言ったと思うが、意識がもうろうとしていたので定かではない。


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