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ワンダーラスト

リッキー・ゲイツ著、川鍋明日香訳『アメリカを巡る旅 3,700mマイルを走って見つけた、僕たちのこと。』(2022年7月10日発売)の刊行特集として、各界で活躍する方々のコラムシリーズをお届けする。

第1回は、トレイルランナー/ライターとして活躍する磯村真介氏だ。磯村氏は、6月のBighorn100、7月のHardrock100を完走した。ひきつづきLeadville、そしてWasatch、Bearのうちどちらか2レースを走り、ロッキー・マウンテン・スラムを達成しようとしている。その旅の道中、磯村氏が送ってくれたのがこのコラムだ。ぜひお楽しみください。
記:木星社

ワンダーラスト

文:磯村真介
Photo & Text by S.Isomura, Edited by K@mokusei publishers inc.



「見ている世界が違う」という言い回しがある。
この人の目には世界がどう見えてるんだろう。
この人の目を通して見えている世界を、感じてみたい。
それって恋愛感情の入り口じゃないかと、ラジオ番組でパーソナリティが力説していた。彼の持論が的を射ているとするなら、僕はたぶん、リッキーに横恋慕をした。

「ワンダーラスト」という言葉がある。
日本語にはしっくりと置き換わる単語がないみたいだけど、しばしば旅行熱や放浪癖などと訳されるこの英単語は「世界を探求したいという強い欲望」が原義とされている。移動したいという欲求であり、物理的・精神的ボーダーを越えてその先へという好奇心だ。

リッキーの、リッキーによる、リッキーならではの旅を目で追う時間は、僕にとってちょっとしたワンダーラストだった。
「自分が夕日の一部になり、夕日が自分の一部になるような生活」が綴られたフォトダイアリーを繰る時間は、リッキーが何を考え、どんな気づきを得たのかを知る時間には、実はならなかった。そこにあったのは、リッキーがカメラを向けた人、物と、交わした会話のエピソードたちだ。説教じみた響きとはかけ離れていて、まるで素敵な会話劇を観終わったあとのような余韻が、本の見開きページごとに残り続ける。僕らがページを繰る順番すら、きっとどうだって構わない。

このコラムを書いている僕は、今、コロラドの古い採鉱町に滞在している。Hardrock100というレースを走るためで、このイベントには今回まさにリッキーも参加することになっている。旅をするということは、その土地のこと、その土地に集う人のことを、リアルにかつ個人的に体験するということだと思う。それは本来、文章や映像を通して得られるものとは、本質的に、何かが違う。ついでに言えば、リッキーや僕らが100マイルレースに参加するのは、100マイルを駆け抜けるその数十時間に旅みたいな体験が凝縮されているからだったりする。

でも、リッキーが旅したリッキーの旅の本のページをめくると、そこにはやっぱり、確かに、ワンダーラストが待っているんだ。とっても不思議なんだけど。(了)

磯村真介:トレイルランナー/ライター/編集者として、国内外のレースを走り、アウトドア関連各誌で活躍している。「Run boys! Run girls!」のトレイルランニングチームではコーチを務めている。今回のコラムは、「ロッキー・マウンテン・スラム」の真っ最中、Hardrock100を走る直前にコロラドで執筆した。instagram@dmj06

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