溢す事のできなかった涙

色々と時系列も空白の11月もある中で、とりあえず今の溢れる涙と共に記録を書いてみようと思う。

今日(11/5) は割とここ数日のつらさ・しんどさには襲われず、今のところ回避しながら調子が良かった日でもあった。
何とか長い1日を乗り切り、早めに寝る準備を完了して(それはそれで早く起きてしまうので、明日の1日が長くなるということも意味する)もういいや寝ようと思って横になったけど、涙が溢れてきた。

いまも正直辛いけど、何とか医療にアクセスができて本当に救われた想いで闘病を頑張っている。

発症前は正直自分が思う以上にいっぱいいっぱいの毎日だった。
それでもまだ、もっと、もっと頑張らなくてはということは常に考え続けてはいたけど、一旦立ち止まってスローダウンしてみようとは一切思いもしなかった。
いまタイムマシーンで当時に戻れるなら、何轍でもかけて意識朦朧とした自分を、いまここでスローダウンしなければならないことを、地球が明日滅亡するばりに説得しに行くだろう。
でも、タイムマシーンはまだ発明されていないし、もう今はあの過去があって続いている“いま“に私は生きているわけで、そんな中今出来ることはあの時の自分の進みたかった道・経験を尊重して、こうしてその時の自分を抱きしめてあげたいと思えるように、思うようには進めない足取りで周りに支えてもらいながら何とか立つことからまた始めることができている。

いまは、あの時こぼしたかった涙の壺が沢山自分の中にまだまだあるはずだから、こうして泣けることができていることにも感謝をして優しくそっと受け止めてあげようと思う。

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