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北村早樹子のたのしい喫茶店 第19回「西荻窪 どんぐり舎」

文◎北村早樹子

 今年の春から何を血迷ったのか、わたしはキックボクシングを習い始めた。37歳という微妙な中年な上に、わたしは実は持病の関係で骨密度が既に70代だと言われていて、ここ3年のうちに2回も骨折をしている。そのうち一回は、机の角につま先をぶつけただけで、薬指があらぬ方向に曲がってぽっきり折れたという、そのレベルのスカスカの骨なのである。
 なので実質、70代のおばあさんがキックボクシングをはじめるようなものなのだ。わたしの持病を知っている友人知人に、「キックボクシングはじめてん」というと、絶対すぐ骨折するでしょと笑われた。主治医にも内緒で勝手にはじめてしまったので、怒られるのを覚悟で、後日、診察の際に打ち明けたが、「いいじゃん! やれることはなんでもやっていいんだよ!」と寛大なお言葉をいただき、そんなこんなでグローブをつけ、サンドバックやミットをばちばち打って、ばちばち蹴っている。それも、週5で。
 わたしは興味のない分野にはとことん興味がないのだけれど、ハマるとのめり込んでしまうらしく、すっかりキックボクシングにハマってしまって、週5で、午前中の仕事前にジムに行っている。休日は、午前中に行って、一回帰って、また夜に行ったりしてしまっている。
 長年、わたしは見るからに虚弱な容姿で生きて来たのだけど、ここに来て、じわじわとムキムキになってきていて、そんな自分に自分でびっくりしている。腕を曲げると、上腕二頭筋がほんのり盛り上がる。しかも固い。そして腹筋もほんのりと割れて来ている。
 我ながら思う。
 どこ目指してんねん、と。
 今更、キックボクサーになろうなんて、アホみたいなことを考えているわけではもちろんない。完全に趣味だし、飽くまでお遊びなんだけど、お遊びでもある程度勉強して練習しないと全然動けない。お遊びでいいのである程度様になるスパーリングをやりたくて、でもまだ現時点ではパンチの種類もキックの種類もちょっとしか出来ないので、しばらくは夢中で通うことになるだろう。
 わたしは人生で一度も運動らしい運動をしたことがなかった。体育は大っ嫌いだったし、部活も、小学校は昔遊びクラブ、中学校は帰宅部、高校は書道部と、全く体操服を着ることなく過ごしてきた。体育会系の人とは無縁の人生だった。頭の中も筋肉で出来てるような人とは分かり合えるわけがないと思っていた。
 そして結果、サブカル沼のアングラ池でじめじめと暮らす人間になってしまった。居心地は悪くはないけど、みんな何かと湿っぽくて(わたしも含め)辛気臭い。
 しかし、ジムに行くと、そんな人はひとりもいない。
 現役ボクサーや現役MMA選手の先生をはじめ、習いに来ている会員さんたちはみんな元気で明るい。主婦の方やOLさんなど女性も多く、男性も初老の類に入るおっさんから中学生の少年までいる。謎の外人さんもいる。色んな人がいるけど、みんな清々しい笑顔で「こんにちは~」と入ってきて、なんというか、余計なことを考えなくてよくて、空気がたいへん澄んでいる。
 こっちの世界は、こんな風になっていたのか、とこの歳になってはじめて知った。サブカル沼のアングラ池には、「ぼく、訳ありですから、察してね」みたいな空気を出してくる人が本当に多いし、なんならわたしもそういう人間なのだった。だけど、こっち側の人たちはそういうめんどくさい要素がひとつもないから、変に腫れ物に触るような扱いを受けることもなくて、とても健全だなあといつも思うのである。
 午前中、ジムでパンチしてキックして、爽やかな汗を流し、帰宅途中にひと息つきに立ち寄るのがここ、どんぐり舎。山小屋のような、木を基調に作られた店内で、とびきり苦いコーヒーをホットでいただくと、バッチーンと頭が覚醒する。あ、コーヒーって覚醒剤やったな、としみじみと噛み締める。

 どんぐり舎はコーヒー豆を自家焙煎していて、わたしはここのほろにがブレンドの味が大好き。めちゃくちゃ苦くてしっかりと濃ゆい。ここまで濃ゆくて苦いコーヒーを出してくれる喫茶店は、わたし調べでは都内ではどんぐり舎だけだと思う。まあ、そこまでわたしは舌に自信があるわけではない人間なので、いまいち信憑性に欠けるかもしれないが、酸味が少なくて苦いコーヒーがお好きな方なら、是非ともどんぐり舎のほろにがブレンドを飲んで欲しい。絶対気に入ってもらえるはずだ。

 お豆の量り売りもしているので、わたしも定期的に買わせていただいていて、家でもどんぐり舎のほろにがを飲んでいる。そして誰かにちょっとした贈り物をする際は、だいたいこのほろにがブレンドのお豆を買って渡す、という小さな布教活動も勝手にしている。コーヒー好きの方はだいたい気に入ってくれる。
 キックボクシングで身体に血を巡らせて、どんぐり舎のほろにがブレンドでカフェインを巡らせる。頭も身体もしゃきっとして、今日も午後からの仕事がはかどります。

今回のお店「西荻窪 どんぐり舎」

■住所:東京都杉並区西荻北3―30―1  
■電話:03―3395―0399
■営業時間:10時~21時  
■定休日:無休

撮影:じゅんじゅん

北村早樹子

1985年大阪府生まれ。
高校生の頃より歌をつくって歌いはじめ、2006年にファーストアルバム『聴心器』をリリース。
以降、『おもかげ』『明るみ』『ガール・ウォーズ』『わたしのライオン』の5枚のオリジナルアルバムと、2015年にはヒット曲なんて一曲もないくせに『グレイテスト・ヒッツ』なるベストアルバムを堂々とリリース。
白石晃士監督『殺人ワークショップ』や木村文洋監督『へばの』『息衝く』など映画の主題歌を作ったり、杉作J太郎監督の10年がかりの映画『チョコレートデリンジャー』の劇伴音楽をつとめたりもする。
また課外活動として、雑誌にエッセイや小説などを寄稿する執筆活動をしたり、劇団SWANNYや劇団サンプルのお芝居に役者として参加したりもする。
うっかり何かの間違いでフジテレビ系『アウト×デラックス』に出演したり、現在はキンチョー社のトイレの消臭剤クリーンフローのテレビCMにちょこっと出演したりしている。
2017年3月、超特殊装丁の小説『裸の村』(円盤/リクロ舎)を飯田華子さんと共著で刊行。
2019年11月公開の平山秀幸監督の映画『閉鎖病棟―それぞれの朝―』(笑福亭鶴瓶主演)に出演。
2019年より、女優・タレントとしてはレトル http://letre.co.jp/ に所属。

■北村早樹子日記

北村さんのストレンジな日常を知ることができるブログ日記。当然、北村さんが訪れた喫茶店の事も書いてありますよ。

■北村早樹子最新情報

10月25日(火)「東京30人弾き語り2022」出演

1本のギターを30人で回し弾きするヨコチンレーベル企画の名物イベント「東京30人弾き語り」に北村さんが出演します。


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