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【短編小説】会社員物語:ぷるしっと・じょばーず

ダンッ!

「僕、もうやってられないですう」

ビールグラスをテーブルに叩きつけ、アレックスは吐き捨てるように言った。それに同調するように、周りの何名かがうんうんと頷いている。

ここは東南アジアのとある国で、ホーカーセンターのように屋台が立ち並ぶ飲食街である。
海外出張中の私は勤務先のローカルメンバーからご飯を食べようと誘われ、今はこうしてビールを片手に辛めのアジアン料理をつまんでいる。

単なるお食事会かと思っていたがローカルメンバーの溜まりに溜まった鬱憤の吐き捨てる機会になり、アレックス君を皮切りに大愚痴大会の幕が切って落とされたのであった。

「知ってますかあ? Dさん、僕の普段の仕事を?」

「いや、知らんな。何だよ、言ってみろよ」

まさか海外で愚痴を聞くことになるとはと思ったが、面白そうだったので先を促した。

「製品の寸法検査、ダブルチェックする必要があるんですう。だけど、僕は測るんじゃなくて、前書いた人の寸法を真似て書く仕事なんですよう」

「は?」

予想の斜め上をいく答えが返ってきたため、私は思わずポカンとする。

「測ると時間かかるじゃないですかあ。だからですう」

「・・・・・・」

「んで、数字が全部同じだとまずいから。たまに数字をちょっとだけ変えて書くんですう。・・・これ、何の意味があるんですかあ?」

答えられずに黙っていると、アレックスの言葉にはまだ続きがあった。

「だから僕、乱数表と確率分布を組み合わせたマクロ作って、正規分布のバラツキになるようにしてるんですけど、たまに虚しくなるんですう!」

最後にはアレックスはテーブルに突っ伏してしまった。

(正規分布になるマクロ・・・ すごい。けど、全く何の意味もねえ!

その思いは当然口には出さず、アレックスのグラスにビールを注ぐ。

すると今度は別のローカルスタッフのアリサが口を挟んだ。

「Dさん、私の話も聞いてくだされよ」

彼女もアレックスと同時期に採用された入社二年目で、日本語は話せるが語尾が少しおかしい話し方をする。

「私ね、設備の点検が仕事なんだけど、なんで止まってる設備も点検しなきゃならねえだ?」

「え? 止まってるって、どういうこと?」

「なんかね。遊休になってる設備があるんだけど、止まってるの知られたくないから、点検はするんだって。『異音、異臭はしないこと』の項目あるけど、動いてないからする訳ねえじゃん。これ、意味あるのけ?」

「そ、そうか・・・ 色々あるな・・・」

彼女の質問にはっきりと答えることをせず、黙ってワインを注いでやる。

お次はリーダー格のヨーチンだ。

「私も、アレックスと似た感じでリーダーチェックていうのがありますねえ。だけど、最近ルールが厳しくなて、リーダーダブルチェックになたですねえ。でも、リーダーは数少ないですよ。だから、自分でチェックした後は、別の手に持ち替えて筆跡変えて違う名前でやてますねえ。これ、意味あるの?」

ヨーチンの言葉に、アレックスがうんうんと頷いている。

「なんか・・・ 大変だね」

権限が無い平社員の私には、彼らの愚痴をただ聞いてやるしかなかった。
長くなりそうだったので店員を呼び、酒と料理を追加注文する。

それらが届いたところで、普段は大人しいハンナが絡んできた。

「私もですよ、Dさん。私なんて、作業標準ひたすら作ってるんですよ」

「? 作業標準は大事なんじゃないのか?」

すると、ハンナは頭をブンブンと振って一気にまくし立てる。

「違うんですよ! 作業標準、漫画で描いてるんですよ! エクセルの機能使って! この前、なんで写真じゃダメなんですかって聞いたら、うちの印刷機は解像度が悪くて白黒印刷しかダメだから、それだとよく解らないから、だから漫画だって! もう、意味わかんないよ! 新しい印刷機買えばいいじゃん!」

「・・・・・・(汗)」

この話を聞いて私は思い出した。
ナダックというおじさんがいるのだが、彼がいつもパソコンの前にいるので何をしているのかと尋ねると、

「作業標準を絵で書いています。文字が読めない、外国人もいますからね」

と答えていたのを。
そして、その150ページもある大長編を見る者はだれもおらず、シワひとつないまま埃をかぶった状態で放置されていた。

きっと、彼女の作業標準も同じ運命を辿るのだろう。そう考えると、少し悲しくなった。

極めつけはパニッタンだった。

「この前、パイセンに言われて加工機の扉のガタをずっと押さえてました」

「はい?」

初めは、何を言っているのか理解できなかった。

「その装置、扉にガタがあって、押さえていないとロックがかからなくて機械がスタート出来ないんです。だから、サンプル加工の間、ずっとガタを押さえてました。そしたら、パイセンが『お前、上手いな』って褒めてくれて、それからガタを押さえるのは私の仕事になったんです。今日は5時間、ガタを押さえてました」

「・・・・・・」

(お前はどこぞの『男塾』か!)

心の中で叫んだが、彼が望んだ仕事ではないのだろう。
どこか諦めた表情の彼の為に、ローカルが好むデザートを追加注文してやった。

その後も衝撃的な話題(というか愚痴)で盛り上がり、その食事会は深夜にまで及んだのであった。

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帰国し数か月が経ったころ。
事務仕事をしていると、上司が話しかけてきた。

「おい、聞いたか? ローカルが四名、今月で辞めるんだってよ」

「え? 誰ですか?」

「アレックスとアリサにハンナ、それにヨーチンだそうだ」

(ああ、あいつらか・・・)

私は妙に納得したのと同時に、

(パニッタンは辞めてないのか! もしかして、ガタ押さえ気に入った!?)

上司とは別の意味で衝撃を受けていた。

「まったく、せっかく日本語が出来る人を雇ったのに・・・ 海外はすぐ辞めていくからな。困ったもんだ」

上司がやれやれと首を振って去っていく。

(辞めるのは、『海外だから』じゃないと思いますよ・・・)

その背中に向かって、私は声なき声をあげるのだった。

そんなやり取りの後、今日が納期の仕事に取りかかる。
内容は『五年後の課の目指す姿』の報告資料だ。
いわゆる夢物語を語ろうという上層部発案のもと、毎年作成しているものだ。

だが、現実は進むどころか退化している状態のため、夢は夢のまま翌年へ引き継がれ、昨年と同じ資料ではまずいということで今年は二年前の資料をベースに、そして来年は去年の資料をベースにという感じで細部を修正し、上層部にバレないような資料作りをしている。

当然、こんなものはあってもなくてもどうでもいい資料で、立派な『プルシット・ジョブ』だ。

(あいつらとやってることは、そう変わらんな)

出張中に買ったやたらと甘い缶コーヒーを飲んだ後、私は目の前の資料作りに勤しむのであった。

おわり

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