【読書感想文】 意志の強い生命力を感じずにはいられない 『心淋し川』
いにしえの時代、歌枕になった小さな川が故郷の町に流れています。
でも今は、コンクリートで囲まれているので、往時を偲ぶことはできません。
時々、自分の住んでいる場所や知っている場所が、遥か昔はどのような場所だったのか、本当の姿を見てみたいと想うことがあります。
その川もそのひとつで、当時はどれだけ風光明媚な場所だったのだろうかと想像しても、想像できないことが残念に思えます。
古びた長屋に暮らす人々を描いた連作短編集
本日は、『心淋し川』(西條奈加 著)をご紹介します。
第164回直木三十五賞受賞作
江戸、千駄木町の一角の淀んだ川沿いに建ち並ぶ、心町と呼ばれた古びた長屋に暮らす人々を描いた6つの連作短編集。
初版は2020年9月に刊行されています。
意志の強い生命力を感じずにはいられない
行き場のない人生の吹き溜まりのような町でもがきながらも、皆がそれぞれの優しさを持って生きる姿に、切なくも温かい気持ちになりました。
生活が貧しく思い通りにはいかなかったり、理不尽な時が過ぎたり、決して胸を張って生きられる暮らしではないけれども、人間の矜持と品格と人情が深く当たり前に息づいていて、そこに意思の強い生命力を感じずにはいられません。
6つの章の中で私が最も印象深く感じた『冬虫夏草』は、愛情という優しさが歪みすぎていて複雑な気分になりました。
個人的には、紆余曲折ありながらも希望が見えた『はじめましょ』が一番好きです。
しかしながら、最後の『灰の男』は見事でした。
主人公の過去や物語の展開が壮絶で驚いたのですが、結末にどこか安堵する感覚があって、兎に角素晴らしかったです。
P.S.
今でいうと、心町は根津神社の北側にある大学病院の敷地内ということになるのでしょうか?
今度行った時には、あの辺りが違った風景に見えるのだろうな、と楽しみにしています。
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