【読書感想文】 人間の裏側と運命にもがき続ける様を描く直木賞受賞作 『少年と犬』
小学校低学年の時だったと記憶していますが、ある日、ひとりで近所の公園まで歩いていたら、入口のすぐ側で同じくひとりぼっちで遊んでいる白い子犬の彼と出逢いました。
青い首輪を着けていましたが、飼い主さんらしい人はいません。
しかし、当時、将来の夢が"白い家に住んで、白い犬を飼う"だった幼い私は、「わー、可愛い!!」と純粋にその突然の出逢いに喜び、何も考えず彼と一緒に遊び始めたのです。
彼は初対面の私に一度も吠えたりはせず、活発で愛嬌のある子でした。
ところがしばらくして、お互い程良く打ち解けた頃、通りすがりの上級生の子たちに見つかり、彼は最近引っ越して来た近くの家で飼われているのだと教えられ、逃げ出してきたのだろうから、早くその家に届けに行くようにと諭されました。
当然、それまでの楽しい気持ちは一気に萎み、素直にそのようにしようと思っていたら、さらに強い口調でこう言われたのです。
「もうその犬と遊んじゃ駄目だよ」
その日はそのまま彼を抱きかかえて教えられた家に届けに行きましたが、なぜ彼と一緒に遊んではいけないのか、その言葉だけでは幼い私に分かるはずはありません。
それ故に、それから1ヶ月くらいの間、突然飼い主さんと共に引っ越してしまうまで、放浪癖のある彼と何度もこっそり遊び、こっそりお家に届けていました。
そして別れの日、引っ越しの作業が進められている間、私は、敷地の外の邪魔にならないところに繋がれていた彼の隣りに座り込み、
「今日でお別れだね」
「今までありがとう」
「一緒に遊べて楽しかったよ」
「元気でね」
などと、たくさん「さよなら」を伝えました。
でも、彼はまったく聴いていない様子で、ひたすら前脚を動かして土掘りに熱中していたことをよく覚えています。
のちに、彼の飼い主さんは、とある重大事件の容疑者となった人物の関係者であると知り、同時に上級生のあの言葉の意味を察し、そして、近所の皆がそういう目をあの家の家族に向けていたのだと分かりました。
子供ながらに世間というものを知った出来事でしたが、それはそれとして、あの白い彼は幸せな犬生を送れたのだろうかと、私は今でもふと思ったりしています。
7回目のノミネートで直木賞受賞
本日は、『少年と犬』(馳星周 著)をご紹介します。
第163回直木三十五賞受賞作
とても意外に思いましたが、デビュー作から7回目のノミネートでの受賞だったそうです。
その直木賞受賞後に本屋さんに行ったら、"今、売れてる本"として盛大に平積みされていました。
それを見て、納得感と本屋さんの意気込みに心を打たれた私は、考える間もなくこの本をレジに運んでいたのです。
人間の裏側と逃れたい運命にもがき続ける様が緻密に描かれている
この作品は、2011年に飼い主を失った犬が、様々な悩みや苦しみ、淋しさを抱えた人たちと出逢いながら、長い時間をかけて目指すところへ向かう連作短編集。
出逢う人たちの孤独に寄り添い、慰め、別れを受け入れる犬の賢さと、ほんの一時飼い主となる人たちの想いが切なく、心に響きました。
私が手にした著書の帯には"感涙作"とありましたが、流石は直木賞受賞作だけあって単純なハートウォーミングものではなく、どの章も人間の裏側と逃れたい運命にもがき続ける様が緻密に描かれていて、読了後はザラザラとした後味が残ります。
そして、犬が勇敢で、賢明で、健気で、忠実であればあるほど出逢う人間たちと似たような、もしくは、それ以上の孤独を秘めているようでした。
故に、その想いの強さがあったからこそ、信じられない奇跡を起こすことができたのでしょう。
しかし、その分、もしかしたら犬にとっては幸せだったのかもしれない結末の非情な哀しさに少し放心してしまいました。
ちなみに、どの章もその後はどうなっていったのかが知りたくなる余韻を楽しめます。
P.S.
そういうわけでこの本を手に入れたのですが、なぜかなかなか読む気になれなくて、しばし積読本として寝かせていました。
そして、何の予備情報も持たないまま、いよいよ読み始めた時が、2021年の3月…。
本の神様は居ると思いましたよね。