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近江結衣
2023年5月9日 19:53
第一章 春の出逢いと夢のはじまり 高校からの帰り道、│波木《なみき》│風花《ふうか》はいつもの川原に寄り道した。 花がいっぱいの、優しい場所なのだ。 春の花があふれている。 土手に広がる菜の花。 小さくてかわいい花。ほとけのざ、すずめのえんどうに、たんぽぽ。 川岸には大きく枝を広げ、しっかりと根を下ろす桜の木。 風花は土手を駆け下り、桜を見上げた。ちょうど漫開だ。花びらがひら
2023年5月21日 21:31
「……ねえ、夏澄。あなたの幻術で、霧の水輪見せてよ」 唐突にスーフィアがいい、微笑む。夏澄はふしぎそうに彼女を見た。「なんだか疲れたちゃったの。みんなで気持ちを落ち着けましょう。夏澄は今日ずっと霊力を使っているけど、いいわよね」 ねだるような瞳でスーフィアは続ける。 ありがとうと、夏澄は微笑む。祈るように手を胸の前で重ねて、瞳を閉じた。 ずっと、霊力を使っている……? そうい
2023年5月22日 18:55
夏澄はしばらくの間、なにかを念じるようにしていた。 やがて、まぶたを開く。「あの、スーフィアさん。霧の水輪ってなんですか?」「水の精霊の国の自然現象よ。霧が水の輪になって舞うの。無二の光景なのよ」 ゆっくりと、辺りに霧が漂いはじめた。 霧は這うように広がっていく。 地面に近いほど霧は濃かった。一番濃いところの霧が集まって、水滴に変わっていく。 それが輪のような形を作りは
2023年5月22日 22:10
「なつかしいわー」 スーフィアが、遠くにあるなにかを見るような瞳をした。 霧の水輪は、風花たちの周りきらきらと舞っている。風花は中のひとつに手を近づけてみた。水しぶきが手に飛んだ。「私はね、夏澄が住む水の精霊の国の近くの海に住んでいたの。水輪はそこからも見えたけど、夏澄の国にあがらせてもらって見たこともあるのよ」「いいよなー。オレも行ってみたいよ」 飛雨が心底うらやましそうにする
2023年5月23日 18:35
……。「そ、そうだね。飛雨くん、人間って感じもあんまりしないよ……」 風花は笑顔をつくった。「鋭気があるっていうか、澟としてるっていうか。足とかすごく速かったし、身体能力がすごいよね」「だろ?」 あっという間に、飛雨の目元は緩む。「あの疾走力は、身につけるのに苦労したんだよ。オレの元々の霊力は攻撃系で、夏澄の役に立たないものばっかりだったから」「え、攻撃はだめなの……?
2023年5月25日 18:21
「だいじょうぶだよ、夏澄くん……」 風花は声に力を込めた。「水の精霊の国、きっと元にもどるよ」「ありがとう」 夏澄は、心底嬉しそうにわらった。「もしもどせたら、わたしにも教えてね。……わたしもね、水の精霊の国が見てみたい。わたしね、この世で一番きれいなものは、水だと思うんだ」 風花の言葉に、夏澄は少し驚いた顔をする。じっと風花を見つめた。「今の言葉……」「え?」「今
2023年5月25日 21:24
ふいに、霧の水輪の幻術が消えた。辺りはさあっと夜闇に染まる。 冷えた風が風花の頬を撫でた。「飛雨、お願いできるかしら」「ああ」 飛雨は、風花と瞳を合わせないように歩み寄ってくる。 また指先が透明に近い水色に光っていた。 ……ねえ、わたしも夏澄くんを助けたい。一緒に夏澄くんの故郷を元にもどしたい。 飛雨の指先が近づいてくる。 水色の光がきれいで、泣きたくなった。「