キミはボクの年下の先輩。第2話「今のキミには刺激が強すぎるかい?」
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高校一年生になって、クラスの同級生たちが、だんだんと、どこに所属している『グループ』なのかがわかってきたころなのだが、ボクは相変わらず、一人でいることを自然と選んでしまっていた。
そんな中、クラスの授業で体育の時間が始まろうとしていた。
担任が二人一組になって、と、一人ぼっちのボクの前で、なんて残酷なことを言うんだ、と思ったとき、すでにボク以外の面々が二人一組にいつの間にかなっていて。
「じゃあ、四戸は……先生と組むか」
と、先生が言うものだから、ボクは、しょうがなく、と、言える立場でもないが、先生とストレッチをするのであった。
そんな体育の授業をしているときのことだった。
「先生、今日は、どんなスポーツをするんですか?」
「今日はバスケットボールだぞ! 五人一組のチームを組んで、総当たり戦をおこなっていくから、くじを引いてくれ!」
先生は、くじの入った四角い箱を持ってきた。
(ボクのクラスの男子は十五人いるから三チームに分かれてやるのか。これじゃあ、絶対にボクは試合に出なきゃいけないやつじゃん……)
同級生の男子たちが、くじを引いていく。
最後にボクが、くじを引いて、Cチームであることを確認して、Cチームのグループの中に入ろうとしたのだが。
「げっ、おまえかよ。負け確定じゃん」
と、言われてしまった。
ボクに人権は、ないのだろうか。
「ちゃんとやれよ」
そんなふうに同級生の一人が言ったが、なにをちゃんとやればいいのだろうか。
ボクは常に、ちゃんとやっている。少なくとも、この身体の範囲内で、だ。
ボクは病気から回復して、やっと高校生になった人間だ。
病み上がりから、なんとか回復して、やっと高校に通えるようになった身。そういう意味では、ちゃんとやっている。
でも、同級生からしたら、ボクの事情を知らないわけだから、そういうふうに『ちゃんとやれよ』と言いたくなるものなのかもしれない。
けど、ボクは、ちゃんとやっている。これは胸を張って言えることだ。
だとしても、同級生はボクの事情を知らない。
ボクが過去に病気を持っていた影響で身体的成長が、あまりなかったこと。そして、十八歳になろうとしている今、身長がまったく伸びていないこと。
ボクの成長は、もう、ほぼほぼ期待できないのだ。
だから、ボクはボクの範囲で、がんばっているんだ。
ちゃんとやれなんて、言わないでくれ。ちゃんとやっているのだから。
そんなことを考えているうちにAチームとBチームの試合が終わった。
次の試合はAチームと、ボクの所属しているCチームだ。
「試合、開始!」
ピッ! と、ホイッスルが鳴る。
試合が始まると同時にボクは、ある事実に気づく。
ボクにマークしているAチームの人物は一人もいなかった。
「…………」
そうだよ。仕方ないじゃないか。ボクは運動ができないのだから。
客観的に見ても、ボクが運動できないのは、ハッキリとした事実として理解できる。
低身長に付随するかのように中肉中背であるからこそ、誰が見ても運動できないのは目に見えてる。
だから、ボクはスポーツなんか大っ嫌いなんだ!
身体能力が高いやつは、いいよな。
持って生まれた才能というやつは、人によっては自慢できる要素となりえる。
そういう意味でボクは最底辺の人間であると言える。断言してもいい。
けど、こんなボクだって、がんばっているんだ。
こうして学校に通えることだって、奇跡の中の奇跡で成り立っていることを同級生である彼らは知らない。
知ろうともせず、表面だけで見ている、つまらない人間だと思えてしまう。
そして、そんなボクも、つまらない人間なんだ。
そういう視点でしか物事を判断できない、つまらない人間の一人だ。
もしかしたら、ボクのことを認めてくれる人間がいるかもしれないのに、その可能性を捨てている。
ボクは、なんて、つまらない人間なのだろうか。
こんな自分が情けなくて、泣きたくなる。泣かないけど。
――ボクは、ただ呆然と体育館の中を走っているだけだった。
そうして、そんなことを頭で考えているボクのところにバスケットボールが回ってくることはなく、AチームとBチームの試合が終わる。
「はい、ここまで! 結果はAチームが優勝となりました! おめでとう! Bチームは一回、勝ててよかったね! Cチームは残念だったけど、ちゃんとチームワーク取るようにしたほうがいいよ! お疲れ様! これで今日の体育の授業は終わります! 解散!」
と、先生が言ったところで同級生が散り散りに散りながら教室へ戻ろうとするが――。
「――あー、まじないわ! AチームもBチームも卑怯だって! こっちだけ四人だぜ!? そっちもハンデで四人にしろよ!!」
「ギャハハッ! マジで言えてる! 運がないね、おまえらのチーム! くじ引いたときに決まってたんだから、そういう運命だって受け入れろよ!!」
「おめーまじでふざけんなよギャハハハハッ!!」
ボクは笑う同級生の集団を、ただ見つめることしかできなかった。
――耐えろ。今年、成人男性になるボクよ。彼らは子供なんだ。そう思えばいい。相手にするな。
ボクは、ゆっくりとした足取りで教室へ帰っていった。
*
「どうして、そんなに、しょぼくれた顔をしてるんだい、ショタくん?」
放課後、文芸部の部室で本を読んでいると、加連先輩がボクの顔を覗き込むような様子で隣の席に座ってくれていた。
「なにか、あったのかい?」
「いえ……別に」
「いや、これは、なにかあったような顔だ。私はキミの先輩だからね。なんでも、わかるよ」
「そう、ですか」
「キミの同級生たちのことだろ?」
「…………はい」
ボクは正直に先輩の言うことを認めた。
「でも、どうして、わかったんですか?」
「それくらい、わかるさ。だって私は、キミの先輩だから」
「それは理由になってないような」
「いや、理由だよ。なぜなら、ここは運動系の部活動に特化した学校だから。つまり、文化系の部活動に、そこまで力を入れていないことになる。そこから導き出される結論は『運動できない人間は人間じゃない』ということになる」
「極論じゃないですか?」
「ううん、私はキミの一年先輩だからわかることを言っているまでだよ。どうも、この学校には、そういう空気が残っていて根強い。私も人生ソロプレイヤーだからね。キミの気持ちは、よくわかる」
「よく運動がらみのことだって、わかりましたね」
「言ったろ。私も、そういう経験があると」
「加連先輩も、そうだったんですね」
と、ボクが言った瞬間、隣の席に座っていた先輩が椅子から立ち上がる。
「どうしたんですか?」
「今からキミを慰めようと思って」
「慰める?」
加連先輩がボクの頭を撫で始めた。
「…………?」
ボクは先輩の意図が読み取れない。
「なにしてるんですか?」
「よしよし」
「よしよしって」
「よしよしよしよし」
「多い、多いって!」
これが女性の手のぬくもりであることを成人年齢になる自分は知っていく。
「慰めてくれるのはいいですけど……」
「今のキミには刺激が強すぎるかい?」
「ええ、ええ、そうですとも。なぜならボクだって人生ソロプレイヤーですから!」
「胸を張るように言うことか」
「先輩が言ったんですよ。人生ソロプレイヤーって」
「まぁ、そうだけども」
「運動なんか大っ嫌いだ!」
「どうしたんだい、急に?」
「先輩、慰めてくれるんですよね? 同じ想いを持った同士なんですよね? だったら先輩も、こう思ったはずです! 運動なんか大っ嫌いだと! そうでしょう!?」
「ああ、そうだな……」
先輩の手の体温が熱くなってきたことをボクの頭が感じてしまった。
先輩も、なにかを思ってるのだろうか?
だけど、ほかの感情がボクに伝わってほしくないのか、とにかく慰めるように、よしよしの手を止めない先輩。
先輩の裏の感情が読み取れないけど、ボクを慰める手の感情だけは読み取れたような気がした。