LSD《リリーサイド・ディメンション》第12話「ハチャメチャ☆温泉パニック!」
*
――ここはエンプレシアにある温泉だ。
自室のシャワールームもよかったんだけど、異世界の温泉というのも興味がある。
オレは男。
さすがに百合世界《リリーワールド》の住人には迷惑はかけられない。
オレ以外、女なのだから。
もちろんのことだが、百合世界《リリーワールド》には「男用」なんてものはない。
だから深夜三時にコッソリ潜入してきたわけだ。
なーに心配ない。
「お姫さまたち」はスヤスヤおねんね中だ。
オレは、ひとりで快適な温泉ライフを味わってやるのだ、ははは。
「……それにしても、異性とデートすることになるとはな。いや――」
――正確にはデートではない。
アスター・トゥルース・クロスリーを訓練させる。
ゆえにデートではない。
なのにオレは「幼馴染の彼女」以外の女の子と接すること自体、今までなかったから舞い上がってしまっているのだ。
なにしにこの世界へ来たのかわかっているのか?
もちろん後宮王《ハーレムキング》にはなるさ……未来的な意味で。
その未来のためにハッピーエンドをめざさなければいけないのだ。
「四帝《してい》」を倒す。
そのためにはオレ以外の力が必要なのだ。
ゲームにもよくあるパーティを作るのだ。
パーティを作らなければ「四帝《してい》」という未知の存在に対抗できなくなってしまうだろう。
それがアスターを訓練させる理由なのにオレの発想はどうかしているし、ありえない。
キャッキャ☆ウフフはハッピーエンドの後にとっておくとして現状を変えなければバッドエンドは防げない――。
「――チハヤさま!!」
温泉の真ん中で湯船につかっていたオレの背中に突如やわらかなマシュマロが二個吸い付くように貼り付いた。
だけど、ちゃんとした女の子の体だった――。
「――……メロディ?」
「そうですよ。ちなみにメロディ・セイント・ライトテンプルがわたしのフルネームですよ? 覚えてくれましたか?」
普段の彼女は赤っぽい桃色のミディアムポニーテールな髪型だ。
それが温泉では、ちょっと長めのミディアムって感じか。
「どうして、ここに? よい子は寝る時間だよ?」
「なーに言っているんですか? わたしたちは温泉大好き人間ですよ。どんな時間でも普通にいますよ」
「え、ごめん、なに言っているかわかんない……あ、え……わたし『たち』?」
「えいっ……です!!」
じゅどおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっっっんっっっっっっっっ!!
「チハヤさま、お湯加減はどうですか?」
「……ユーカリ!?」
「はいです。ユーカリ・ピース・オーバーヒルがフルネームのユーカリです。あたしのこと、覚えてくれていますです?」
「覚えているけど…………『胸についている首』を合わせっこするの、やめてくれない?」
……温泉の真ん中に飛び込んできた、もうひとりの彼女は淡い緑色のショートヘアーで、温泉でもショートヘアーだ。
でも、普段くせっ毛気味なので温水に濡れたせいで、今は髪がハネハネしてない。
彼女はオレの正面で床ドン(?)状態を実行しており、彼女の「そこそこ」なマシュマロ二個の「首」はオレの「首」とふれあっており、ちょっと気持ちいい。
いくらオレに子孫を残す機能がなくても心の中の興奮は止まらないのである。
「……めったに来ないと思ったら、こんな時間にコッソリだなんて水くさいですわ」
マリアン・グレース・エンプレシア……女王さまも温泉に来てしまっていた。
なんでかしらないけど、オレは彼女に対して興奮したり、しなかったりする。
そのパターンに、なにか理由があったりするのだろうか?
……大きめのマシュマロなのにね。
「さて……チハヤさま、確認しておきたいことがありましたの。男というものは、どういう存在なのかを確かめたかったのですわ。ですが、わたくし……ひとつだけわかりましたの。女帝《じょてい》であるわたくしは気づきましたわ。チハヤさまの胸が貧相だという事実に。ですが今、チハヤさまの体に触れてゴツゴツしていて、なんだか『らしい』という感覚が心に芽生えましたの。この感覚は、なんなのかしら……」
「それだけではないですよ。わたしも気づきました。チハヤさまの『下』には棒が一本、玉が二個ありますよ。わたしたちにはなにもないのに」
「あたしも気づきましたが、メロディと同じでしたので……でも、棒一本玉二個という表現……間違いだと思いますです。よく見てくださいです。あれはツボミです」
『ツボミ?』
「ええ、いずれこのツボミは開くはずです。だって花ですもの。チハヤさまのような男という存在は下腹部に花を備え付けてあるのです。なにか大切なことをするために必要な花であると、あたしの本能が告げていますです」
「それはわたくしにも理解できるかしら? 少しドキドキしてきましたわ」
「わたしも……です、よ」
マズい……この流れ……マズすぎる。
このままでは、オレがこの世界の観察対象になってしまう。
生活に支障をきたす前に手を打たなければ……。
「……あのさ」
「はい、なんでしょう……わたくしたちになにか言いたいことでも」
「ああ、とてもある。この花……ツボミは、決して開花しないツボミなんだ」
『決して開花しないツボミ?』
「ああ、だから興奮されても困る。オレには、そういう機能は存在しないのだから。……追求しないでほしい。まず、オレたちは同じ人間だ。違うものとして見るのは、やめてほしい。それと一番、言っておきたいことがある。オレを神さまだと思わないでほしい。オレを普通の人間として扱ってくれ。いくら神託《しんたく》の間《ま》で予言されたとしても、オレは神さまじゃない。人間だ。特別扱いはしないでほしい。わかったかな?」
黙る三人……その中で最初に口を開いたのは彼女だった。
「なるほど……わたくし、よくわかりましたわ。あなたが男という存在だからって、神託《しんたく》の間《ま》の予言の勇者……であっても特別扱いしない。そういうことですのね。ならば、もう……あなたを特別扱いしません。だから言わせてもらいますわ」
「うんうん」
「これからの騎士学院での正装は、わたくしたちと同じ格好をしてもらいます」
「……は?」
「あなたの、その独特のくせっ毛も、くせのないよう、きれいにさせていただきますわ」
「ちょっと待て。オレには普段使っている黒い服装があるだろう。オレは男だぜ」
「関係ありませんわ。特別扱いを望んでいないのでしょう? だったら、ちゃんとした正装を着るのが筋《すじ》ってものですわ。理解できて?」
「理解はできる。だけどオレは男。スカートなんて……」
「騎士学院の方たちは全員しているのに、あなたはしないんですか?」
「うっ」
「まずは、その髪をくせのない状態にしましょう。メロディ! ユーカリ! チハヤを、押さえなさい!!」
「ちょ、やめ……メロディ! ユーカリ!!」
「手始めに体の隅々をきれいにしてあげますわ!!」
「……やめっ、やめろおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっっっんっっっっっっっっ!!」
*
「チハヤさまの話を聞きました?」
「もう特別扱いはしないと言ったそうですよ」
「その結果が、あれですか……」
オレは女の子になった。
美しい容姿を持った女の子に。
もうオレの普段着は学院で着られなくなってしまった。
男という存在をどういうものなのか教えるべきだったなあ……。
……やがてオレは学院の騎士たちに「お姉さま」と呼ばれるようになってしまい、それから少しの時間が経過したあと、黒髪の美少女(♂)という意味で「漆黒《しっこく》の君《きみ》」と呼ばれるようになるのは、そう遠くない未来のことである。