読書:『ナインストーリーズ』乙川優三郎
書名:ナインストーリーズ
著者:乙川優三郎
出版社:文藝春秋
発行日:2021/06
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163913933
もう黄昏期に入った人々の短篇集。
もう若くはなく無茶はできない。しかし「この人生でいいのか?」「このままでいいのか?」という思いがどうしてもただよってしまう日々。諦念とほのかな後悔。そんな雰囲気がどの短篇にも満ちる。
大人の小説ですね。
しっとりとしていて、地味と言えば地味。
男女の絡みもあるのだけど、激しさというものがまったくない。あるのは長く人生を生きてきた人々が醸し出す苦み。
熟年に差し掛かった人たちなので、ものの考え方や人生に対する姿勢はもう固まってしまっている。それは確固さとも落ち着きとも見えるのだが、ある種の頑なさや融通の効かなさにもなるようでもある。
そんな彼らなので、なにかに気づいて人生を大きく変える……という劇的な展開にもはほぼならないのだけど、多くは、これまでの生き方がじわじわと効いてきてしまうというある種の報いのような物語が多い気がしました。それもやはり激しい報いではないのだけれど。長年のあいだにゆっくりと崩れていく夫婦関係とかそういうもの。
そのせいかどの作品もすっきりオチが付いて終わるという感じではなく、苦みの余韻が残ります。
そしてたいてい、男はろくでもなく、女はまだこれから新しい世界に向かおうとする。
それぞれ滋味ある作品ばかりですが、中でも少し異色かもしれない「くちづけを誘うメロディ」が気になりました。偶然に再会した男女がバーに行って語らう話ですが、これ、実は幽霊譚なのですよね。この作品はちょっとした“発見”でした。
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