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晴明の孫娘の奮闘再び! 六道慧『安倍晴明くすしの勘文』

 六道慧による安倍晴明ものの第三弾、時系列的には第二作にあたる物語が、本作『安倍晴明くすしの勘文』――前作『安倍晴明くれない秘抄』に続き、安倍晴明の孫・小鹿が、再び晴明・吉平親子と共に、宮中で相次ぐ怪事に挑みます。そして本作では、猫好きには見逃せない新キャラクターも……
(前作の結末に触れていますのでご注意ください)

 貧民街で育ちながらも、故あって中宮定子付きとして働くことになった小鹿。そこで奇妙な夢を見たことがきっかけで、続発する怪事に巻き込まれた彼女は、安倍晴明らと共に事態の解決に奔走することになります。
 その果てに、焉王なる存在を奉じて天下転覆を目論んだ呪禁師・多治比文緒と対決した小鹿は、彼女が自分の母であり、父は晴明の息子・吉平である知ることに……
 
 そんな前作の結末を受けて、本作では新たな小鹿の冒険が描かれます。

 体調を崩した一条天皇の状態を占う晴明の手伝いとして控えている最中、桜を描いた屏風から本物の桜の枝が現れるという奇妙な出来事を目撃した小鹿。これが吉か凶か、小鹿は晴明や吉平らと共に調べることになります。しかしその最中に飛び込んできた、流罪となっていた文緒の島抜けの報に、小鹿たちは激しく動揺するのでした。

 そんな中、奇矯な振る舞いをするという受領の元書生の調査を依頼された晴明は、その書生が汚職を行っていた受領を告発しようとして殺され、その飼い猫が主に化けて仇を討とうとしていたことを知ります。
 人間に変化して力を使い果たしたその猫を預かることになった小鹿は、カラと名付けて共に行動することになります。

 その後も怪事は続きます。貴布禰(貴船)神社から盗み出された明神の御神体、何年も前に処刑されたはずの藤原保輔を名乗る盗賊の出現、画布から消えて歩き回る藤原伊周の姿絵、芦屋道満の暗躍――それらの陰に文緒の存在を感じ取り、企てを暴こうと奔走する小鹿、晴明、吉平の前に現れたものとは……


 次から次へと宮中で怪事が発生し、その先には思いもよらぬ巨大な企みが――本作は、前作同様に複雑な物語展開が続くことになります。はたして誰が何を企てているのか、そもそも何が起きようとしているのか、五里霧中のまま翻弄される感覚は、このシリーズの特徴であり、魅力であるともいえるでしょう。

 前作ではそれに加えて小鹿の出自が大きな謎となり、物語構造が一層複雑になっていましたが、本作ではその点がほぼ解決されたため、その分わかりやすくなったといえます。
 しかし、それは決して内容が薄くなったということではなく、むしろ、奇怪な呪術を用いて天下を狙う女怪が母であるという悩みを抱え――母を「咎人」「彼の者」と呼ぶ姿が痛ましい――奮闘する小鹿の姿が印象に残ります。

 さらに今回、小鹿は悩み苦しむだけではありません。物語の発端となった屏風を描いた絵師親子――その子が小鹿に惚れ、熱烈アタックを仕掛けてくるのですから。
 色恋沙汰に無縁だっただけに戸惑う小鹿の姿も微笑ましいのですが、それを抜きにしても絵師の稼業は彼女にとって興味深い世界。さらに本作ではそれに加えて、彼女は薬師の手伝いも経験することになります。
 女性の生きる道が限られ、自分らしく生きることが困難であった平安時代。それでも自分らしく生きる道を求めて懸命に努力する小鹿の姿は、物語に明るい色彩を与えています。
(本作のタイトル「くすしの勘文」は、そんな小鹿の努力の一つの象徴といってもいいでしょう

 そして、もう一つ、本作に彩りを加えるのはカラの存在です。金華猫と呼ばれる一種の妖ながらも、作中の大半では力を使い果たした状態でマスコット的な可愛らしさを振りまくカラ。それだけでも魅力的なのですが、随所で小鹿と感情を共有し、時に彼女を助ける健気な姿に、猫好きにはたまらないものがあります。
(もっとも、だからこそクライマックスには複雑な顔になってしまうのですが……)

 結末においてはさらなる真実が明かされ、一段落したかに見える小鹿の冒険。しかし、まだ明らかではない点もあり、そして何よりも小鹿が自分らしく生きる道はまだ道半ばです。
 この先の小鹿の姿もまだまだ見守っていきたいと感じた次第です。
(もっとも、彼女が中宮定子に仕えていること、そして物語の先に、シリーズとしては未来に位置する『安倍晴明あやかし鬼譚』があると思うと、それはそれで悩ましいのですが……)

 前作『安倍晴明くれない秘抄』のブログ記事はこちら

 前々作『安倍晴明あやかし鬼譚』の記事はこちら


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