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元大盗賊の語る悪行(ピカレスク)と謎かけ(ミステリ) 羽生飛鳥『賊徒、暁に千里を奔る』(その一)

 もはや平安(鎌倉)時代ミステリの第一人者という感のある作者の新作は、古今著聞集に登場する実在の大盗賊・小殿を主人公とした異色の歴史ミステリとなります。引退してつつましく暮らす小殿のもとに訪れる有名人たちに対して、彼が自らの過去の武勇伝と、それにまつわる謎かけを行うというユニークな連作です。

 その二はこちら

 橘成季の説話集『古今著聞集』の第441話、偸盗の段に登場する大盗賊・小殿。幼い頃は石清水八幡宮の稚児で篳篥を得意としていたという異色の経歴を持ち、所領争いで叔父を殺して以来、放浪の身となり、海賊・山賊・盗賊と悪行の限りを尽くしたのですが――後に自ら前非を悔い、検非違使庁に出頭。その態度が神妙であるとして罪を許され、その後は武家の郎党として仕え、余生を送ったという不思議な人物です。
 悪党生活の発端が所領争いの殺人であること、悪行三昧にもかかわらずあっさりと許されて人に仕える身となったことなど、この時代特有の物騒さや血生臭さを象徴する人物ともいえる小殿。しかし、その一方で、武勇だけでなく知恵も回り、忠義の心も持つ一廉の人物として描かれているのが実に面白いところです。

 本作は、そんな小殿のキャラクターをさらに膨らませ、不思議な味わいを持つピカレスク&本格ミステリを描き出しています。

 本作は全五話からなる連作短編集ですが、以下に各話を紹介していくこととしましょう。


「真珠盗」

 説話集の編纂のために話を聞かせてほしいと、小殿のもとを訪れた橘成季。彼は「明けの明星」と名乗る塞ぎ込みがちな少年僧、そして仏師運慶を連れていました。彼らの求めに応じ、小殿は自分がまだ駆け出しの頃に初めて手掛けた大仕事のことを語ります。

 とある貴族の家に九粒もの真珠があると知り、それを盗み出せるかという賭けを他の盗賊とした小殿。周到に準備を整え、首尾よく隠し場所に忍び込んだものの、屋敷の女房に見つかってしまった小殿の行動は……


 成季と明けの明星、そして各話のゲストが小殿を訪れて物語をねだり、それに応えて小殿が過去に自分が手掛けた盗みとそこで起きた事件を語るという、物語の基本フォーマットが示される第一話。
 面白いのは、小殿がその途中で客人たちに謎かけを行うことでしょう。つまりこれは「読者への挑戦状」というわけですが、これが本作の本格ミステリとしての形を整えるとともに、ゲストたちのリアクションによって物語の面白さを盛り立てることになります。

 正直なところ、今回の謎かけ自体は比較的小粒に感じられるものの、小殿の仕事ぶりもさることながら、それを足がかりにした彼の盗賊社会での身の処し方や、そこから一転しての、現在に繋がる彼の心境の変化が印象に残るところです。


「顚倒」

 成季と明けの明星に加え、栄西と慈円という二人の高僧を客に迎えた小殿。謎かけを期待する二人に応えて、小殿は東大寺で盗みを働いた時のことを語ります。

 妻子を失い、荒み切っていた時期、上洛してきた鎌倉殿の邸宅に忍び込んだ小殿。しかし見つかって追われた彼は、そこで愛らしい女童に匿われて、難を逃れたのでした。

 その後、小殿は奈良で再会した女童から、添い遂げたい方のために「冶葛」という霊薬を東大寺の正倉院から盗み出してほしいと頼まれることになります。恩人の頼みとあらばと快諾した小殿ですが、正倉院は厳重に施錠され、無数の悪僧たちに守られています。
 それでも一計を案じ、首尾よく盗みを成功させた小殿ですが、その直後、悪僧の一人が何者かに殺されている現場に出くわし……


 豪華なゲスト、意外な発端、不可能ミッション、さらに殺人事件の謎解きと、いかにも本作らしい多彩な要素が詰まっているのが楽しいこのエピソード。
 今回の謎かけは殺人事件の犯人暴きですが、トリックもさることながら、それをロジカルに証明してみせる小殿の名探偵ぶりが見どころです。

 そしてそれ以上に印象に残るのは、盗賊として脂が乗り切っていた=人間として荒み切っていたにもかかわらず、自分のような人間の身を案じてくれる女童の慈悲に感激して、恩返しのために奮闘する小殿の姿です。
 なるほど、そんな彼だからこそ、後の発心に繋がるのかと納得しつつ、大盗賊と無垢な少女の交流に心温まるものを感じるのです。

 しかし、だからこそ結末のどんでん返しには言葉を失います。女童の「正体」については、すぐに気づく方も多いのではないかと思いますが、その「真意」までは――それを知った小殿の胸中を想像すると、索漠とした気持ちとさせられます。
 歴史ミステリとしての完成度の高さと同時に、深い余韻を残す佳品です。

 それにしても、この世は血腥い濁世と語り、明けの明星にも若いうちから濁世の有様を学ばせるよい機会と語る慈円は、さすが鎌倉時代の人間と感じます……


 長くなりましたので、後半の三話については次回に紹介いたします。

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