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【声劇台本】ある神の遣いの物語

登場人物5人 性別不問 兼ね役可 50~60分

女性・男性どちらでも可 アドリブ可 語尾などの軽微な変更可 兼ね役可

・この物語は「稲荷神社の秘密」の続きです。

登場人物

ボク:高校1年生の少年。深夜に徘徊している。
千夏:大垣八幡神社の神の遣い
アカリ:稲荷神社の神の遣い
輝夜(かぐや):神様の遣い
男:その昔輝夜と過ごしていた


―――――――――――――――――――――――――――――――

9月某日・深夜3時頃・岐阜県大垣市の稲荷神社にて……



ボク:こ、こんばんは……

アカリ:あら、こんばんは。

輝夜:ん?そのニンゲンは……

アカリ:さっき話したでしょ?千夏の所に入り浸ってる子。

ボク:入り浸ってるというか……

輝夜:ふーん。あやつも遂にニンゲンに手を出したか……

ボク:え?

輝夜:ん?なんじゃ?

ボク:あ、いや……あの……アカリさん……この女の方は誰ですか……?

アカリ:彼女は輝夜(かぐや)。あたしのフルーい知り合いよ。

輝夜:よろしくな。ニンゲンの子ども。

ボク:よ、よろしくおねがいします……。

アカリ:しばらくここに滞在するから。また会う機会があると思うわ。

ボク:そ、そうなんですか……なにか神社の行事でもあるんですか?

アカリ:特にそういう予定はないわ。

輝夜:用もなしに知人に会いに来てはダメなのか?

ボク:そんなこと言ってないじゃないですか……。

アカリ:輝夜……あんまり子どもをイジメないの。怖がってるじゃない。

輝夜:ふん……。

アカリ:ゴメンね。彼女今日はご機嫌斜めなの。

ボク:あ、いえ……ところで輝夜さんはどこから来たんですか?

輝夜:ん?

ボク:ほら……神様の遣いなら、所属している神社があるんですよね?

輝夜:ん……

アカリ:彼女は今、どこの神社にも属してないの。

ボク:え?そうなんですか?

輝夜:いかにも。

ボク:そんなケースがあるんですね。

アカリ:まぁ……こっちにも色々あるのよ。

ボク:色々?

輝夜:小僧。あまり女子の秘密を詮索するものではないぞ?ロクなことにならない。

アカリ:輝夜!

輝夜:本当のことだろう。

ボク:じゃ、じゃあボクはそろそろ……千夏さんの所に行きます。

アカリ:あらそう。なら気が向いたらここへ来るように伝えてちょうだい。輝夜が来てるからって。

輝夜:アカリ……それはいらん気遣いじゃ。こっちから出向いてやるわ。

アカリ:まぁいいじゃない。お願いね少年。

ボク:は、はぁ……。それじゃあ……おやすみなさい。

アカリ:おやすみ。

場面転換・数分後……大垣八幡神社にて。

ボク:……ということがありまして。

千夏:そう……それはツイてなかったわねぇ。

ボク:千夏さんもあの女の人のこと知ってるんですか?

千夏:あの子はまぁ……ちょっとした有名人なのよ。色んな意味でね。

ボク:はぁ……なんかわかる気がします。

千夏:どういうこと?

ボク:なんというか……恰好が少し変というか……

千夏:そう?あたしが最後に会ったときには普通の大和撫子だったけれど?

ボク:うーん……確かに髪も黒くて長かったですし、着物も黄緑色で少し個性的だなぁとは思いましたけど……

千夏:けど?

ボク:ネコみたいな耳がついていましたし……腰には刀がついてるんですよ。昔のお侍さんみたいに。

千夏:あぁ。そういえばそうねぇ。あいつ刀持ってるわ。

ボク:それって普通なんですか?

千夏:確かに刀はなかなかないわねぇ。ま、滅多に抜くこともないとは思うけどね。

ボク:なんであんな危ないもの持ってるんですか?今の日本じゃ使わないでしょう。

千夏:それは……

ボク:それは?

千夏:彼女に直接聞きなさい。教えてくれるは分からないけれど。

ボク:えぇ……

千夏:なによ?

ボク:正直あんまり関わりたくないんですけど……

千夏:なんでよ?

ボク:なんというか変に怖いというか……不気味というか……あんまり関わっちゃいけないような気がするんですよ。

千夏:不気味。

ボク:しゃべり方も変わってますし、「ニンゲンの子」とか呼んでくるし……

千夏:まぁ……悪い子じゃないのは確かよ。アカリもいるから喰われたりも斬られたりもしないはずだから。多分大丈夫よ。

ボク:そうですかねぇ……。

千夏:あと……これは最初にいえば良かったんだけど……

ボク:はい?

千夏:彼女の噂話は、あまり外ではしない方がいいわ。

ボク:え?どういうことですか?

千夏:あんたさっきさぁ、彼女に猫の耳がついてるって言ってたでしょ?

ボク:は、はい。

千夏:てことはさぁ。彼女は神の遣いでも猫に近い存在ってことなのよ。

ボク:千夏さんが犬ってことみたいに?

千夏:えぇ。それでね。ネコ集会って聞いたことある?

ボク:猫集会?……人がいない時間とか場所に猫がたくさん集まってるヤツですか?

千夏:そうそう。よく知ってるわね。

ボク:前に動画か何かで観たことがあるんです。少し怖い雰囲気でした。

千夏:あれはね、文字通り猫が集まって情報交換してんのよ。ありとあらゆるね。

ボク:へぇー。でもそれがどうかしたんですか?

千夏:ああいう猫の集会ってね、猫の神様の遣いがいる神社でやったりするのよ。その方が何かと安全だしね。

ボク:へー。じ、じゃあ、輝夜さんみたいな人も集会に参加してるんですか。

千夏:そうねぇ……参加してるかどうかは知らないけれど、猫と意思疎通はできるはずよ。だから集会で何が話されているかはその気になれば知ることができるワケよ。

ボク:なるほど……でもそれがさっきのお話となにか関係あるんですか?

千夏:……要するにね。この町の猫が見聞きしたことは、全部彼女に知られてしまうってことよ。

ボク:あぁ!そういうことですか!じゃあボクがさっき言ったことも……

千夏:近いうちに彼女に伝わるんじゃない?

ボク:で、でも、それは猫がどこかでこの話を聞いていたらですよね?こんな時間だと猫もみんな寝てるんじゃ……

千夏:どうかしらね?猫は神出鬼没よ。

ボク:そうですかねぇ?

千夏:まぁ……今度彼女に会ったときにハッキリするわ。その時に何か言われたら素直に謝りなさい。

ボク:えぇ……てか、もう会わないと多思いますよ。

千夏:どうして?

ボク:あんまり近づきたくないというか……アカリさんにも用事はないですし。

千夏:そんなこと言って。アカリが寂しがるわよ?

ボク:そういう人じゃないと思いますけど。

千夏:まぁそう言わずに顔ぐらい見せてあげなさい。中々ニンゲンと関わる機会なんてないから、新鮮味があって楽しんでるはずよ。

ボク:ふーん。千夏さんもそうなんですか?

千夏:え?あたし?

ボク:はい。

千夏:ま、まぁ……いい暇つぶしにはなってるわ。

ボク:そ、そうですか……それはよかったです……。

千夏:そうね……。それじゃあ、もうそろそろ夜が明けるわ。そろそろお家に帰りなさい。

ボク:え、もうそんな時間ですか……。それじゃあ……

千夏:おやすみ。またね。

ボク:お、おやすみなさい。

0:少年は神社から去っていった。


場面転換・数日後、稲荷神社にて



アカリ:こんばんは少年。涼しくなったわねぇ。

ボク:こ、こんばんは。急に肌寒くなりましたね。

輝夜:あら……この間の。

ボク:こ、こんばんは。

輝夜:こんばんは。いつもこんな時間に来るのか?

ボク:え、えぇまぁ。夜寝れなくて……。

輝夜:そうか……まぁゆっくりしていけ。

ボク:は、はぁ……ありがとうございます。

アカリ:今日は寒いから、私は早々に切り上げて社務所にいるけれど……少年はどうする?少し休んでいく?

ボク:え、あ、じゃあ……お言葉に甘えて。

アカリ:輝夜もそろそろ休んだら?

輝夜:……そうさせてもらおう。

―――社務所の中で。

ボク:輝夜さん……今日は耳を隠してるんですね。

輝夜:先ほど変な輩が通りかかってな……念のためじゃ。

ボク:変な輩?大丈夫だったんですか?

アカリ:暴走族よ。涼しくなったからまた出てきたのよ。

ボク:あぁ。そういえばさっきバイクの音してましたね。

輝夜:それに……

ボク:それに?

輝夜:誰かさんに不気味といわれてしまったからのう。怖がらせないように気を使っているのだ。

ボク:す、すみませんでした……。そのままでいてください……。

輝夜:ふん。他人に向かってそのような言葉を投げかけるなど言語道断。呆れて物も言えんわ。

ボク:直接言ったわけじゃないんですが……

輝夜:ん?何か言ったか?

ボク:あ、いえ……

アカリ:まぁまぁ。そこら辺にしなさい。輝夜も大人げないわよ。少年も反省してるんだし。ね?

ボク:は、はい……反省してます……。

輝夜:まぁよい。時に少年。千夏とはどこまでいった?

ボク:え?

アカリ:輝夜……いきなり何を……

輝夜:なに、大した質問でもなかろう。お主らは相思相愛なのだろう?

ボク:べ、別にそういうワケじゃ……ただ暇だからたまに行ってるだけで。

輝夜:ん?ではお主は千夏のことはキライか?

ボク:そんなことはないですが……なんというか……そういう対象として見ていないというかなんというか……

輝夜:そうか……こう言っては何だが、その気がないのならそのような思わせぶりな態度はいかがなものかと思うぞ?

アカリ:輝夜……よしなさい。そんな野暮な説教は。

輝夜:別に善かろう。そもそも怪異とニンゲンがこのように交わり合っているというのが、本来ならばおかしなことなのだ。

アカリ:そんなのはわかってるわ。ただそれだけで禁忌に触れるわけでもない。違う?

輝夜:それはそうだが……

ボク:あ、あの……なんですかさっきから?禁忌とかなんとかって……

輝夜:よいか少年。本来千夏やアカリのような怪異とお主のようなニンゲンが関わり合うことは推奨されていないのだ。

ボク:は、はぁ。

輝夜:にもかかわらず彼女らがお主と接触を続けている……それすなわち、なにか特別な理由があるということなのじゃ。

ボク:な、なるほど……。ん?じゃあその理由って……

輝夜:それはわからん。アカリに聞け。

ボク:あ、アカリさん?

アカリ:だからそれは……暇つぶしよ。この関係性を外に言いふらすような子でもなさそうだから……ニンゲンの情報収集もしたいしね。

輝夜:……本当にそれだけか?アカリ?

アカリ:何が言いたいのかしら?

ボク:ふ、2人とも……その辺にしましょうよ……。

アカリ:そうよ輝夜。彼の前でする話ではないわ。

輝夜:そうか?口にしなければ伝わらぬ想いがあるというのは、早々に理解しておくべきことだと思うがな。

ボク:え?

輝夜:それはそうだろう。そのまま何もしなければ、何もないままお主らの関係性は終わるぞ。千夏はともかく、お主の寿命は長くないのだから。

アカリ:はぁ……ごめんね少年。輝夜は頑固なの。今の話は忘れて。

輝夜:アカリ……

アカリ:そ・れ・よ・り!折角だし少年にお願いがあるんだけれども。

ボク:え、あ、はい。なんですか?

アカリ:来週の火曜日の夜なんだけどね、私と輝夜でちょっと出かけてきたいのよ。

ボク:へー。そういうのっていいんですか?

輝夜:何百年・何千年と神に仕えて居る身……たまには息抜きも必要だろう。

ボク:なるほど。

アカリ:それでね。一晩だけ千夏に留守番を頼んだんだけど、少年も一緒にお願いできるかしら?

ボク:ボクもですか?……別にいいですけど、どうしてボクもなんですか?千夏さんだけで十分なんじゃ?

輝夜:監視じゃよ。千夏の。

ボク:監視?

アカリ:何年か前に似たようなことを頼んだんだけどね、その時社務所でずーっとキセル吸ってたみたいなのよ。そしたらキセルの匂いが残っちゃって、色んなニンゲンに社務所に泥棒でも入ったのかって疑われることになっちゃったのよ。

輝夜:あの女……なにも言わなければとてつもない頻度でキセルを吸うからなぁ……。

アカリ:まぁそういうわけで、あんまりそういうことがないように見張っておいてほしいのよ。

ボク:そういうことですか……。来週の火曜日ですね。

アカリ:お願いね。

輝夜:頼むぞ。もしもまた同じようなことがあってしまっては、少年はもうこの神社にはこれなくなってしまうかもしれない。

ボク:それは……とても困りますね。

輝夜:だろう?しっかり見張っておくのだぞ。

場面転換・翌週の火曜日の深夜……稲荷神社の社務所にて。

千夏:さすがの稲荷神社でも夜は暇ね。

ボク:もう真夜中の2時ですから。

千夏:本当はあんたも寝てないといけない時間なんじゃないの?

ボク:あはは……おっしゃる通りです。

千夏:はぁ。先が思いやられるわねぇ。

ボク:そ、それだったら……千夏さんだって……

千夏:ん?

ボク:キセルの吸いすぎはよくないと思いますよ。

千夏:あたしはいいのよ!もうガキじゃないんだから。

ボク:はぁ……そうですか。

千夏:そうよ。そういえば……輝夜とは仲良くなれたのかしら?

ボク:え、ま、まぁ……決して仲は悪くないと思いますよ。相変わらず変わっている方だなぁと思いますけど。

千夏:変わってるねぇ。ま、いろんなニンゲンがいるように、怪異にも色々いるのよ。

ボク:そういえば……千夏さんはその……なんでボクと会ってくれるんですか?

千夏:ん?

ボク:輝夜さんが言ってたんです。怪異がニンゲンと会い続けるのは何かしらの理由があるって。

千夏:……それを輝夜が?

ボク:意訳ですけど。

千夏:ふーん。

ボク:た、確かにボクはその…学校にも行ってないですし、なんにも取り柄がないですから……

千夏:……他に何か言ってた?

ボク:他に?んー……口にしなければ伝わらない思いがあるって。

千夏:……フン。そういうこと。

ボク:え?

千夏:その話って2人キリでしてたの?
ボク:いえ、アカリさんもいましたよ。なんかいつもとは様子が違いましたけど。

千夏:様子?

ボク:そんな話は少年の前でするなって。

千夏:そう。あたしがその場にいなくてよかったわ。

ボク:ん?どういうことですか?

千夏:それはまぁ……こっちの話よ。あなたが気にするコトじゃないわ。

ボク:はぁ……。

千夏:……時に、あなたはニンゲンを好きになったことはある?

ボク:は?なんですか急に?

千夏:いいから。答えなさい。

ボク:うーん……子どもの頃、同じクラスの女の子とかにカワイイなぁって感じるときはありましたけど……

千夏:そう……高校生らしい答えね。

ボク:あはは……千夏さんはどうなんですか?

千夏:神社を任されている怪異にとって、そういう感情はそれなりに必要よ。理解こそしていなくても、なんとなくその感情が何なのか自分なりの答えを持っているだけだったとしてもね。

ボク:ニンゲンのことが好きじゃないといけないってことですか?

千夏:ニンゲンの願いに耳を傾けるのが、あたしらの役目だもの。

ボク:なるほど。

千夏:でもね、時々そういうのがわかんない頭でっかちもいるのよ。

ボク:ニンゲンみたいに?

千夏:そうね……でもそういうのが神社にいるとね、他の神社と比べるとやっぱりご利益が薄くなるのよ。で、少しずつ寂れてくの。

ボク:それは死活問題ですね。

千夏:えぇ。そうした神社がたどる運命は2つ。そのまま忘れ去られていくか、何とかして盛り返すか。その神社を任された遣い次第ね。

ボク:あの……さっきから話がみえないというか……結局何が言いたいんですか?

千夏:そうねぇ。アカリ達が帰ってくるまでまだ時間があるから……1つ昔話をしましょう。

ボク:昔話?

千夏:えぇ。今から何百年も前の話。1人の神様の遣いの話よ。




場面転換
約360年前……岐阜県岐阜市の某神社にて。




輝夜:お前また来たのか?よいのか職責をほったらかして?

男:いいんだ。俺の代わりなんていくらでもいるし、こっちの方が大事だろ?誰も手入れをしてくれない寂れた神社なんだ。掃除くらいしないと。

輝夜:ふん。悪かったなぁ寂れた神社で。

男:この神社は御利益がないことで有名だからなぁ……。

輝夜:そんな神社にわざわざ来なくてもよいのだぞ?第一頼んでもいない。

男:まぁでも……なにかいいことがあるかもしれないだろ?

輝夜:それを決めるのは私なんだが……

男:じゃあなにかいいこと起こしてくれよ。お給金もう少し上がってほしいなぁ。

輝夜:それじゃあこんな所にいないで、剣術の稽古でもつけてもらえ。武士の本業じゃろう。

男:厳しいなぁ。

輝夜:はぁ……。神社の手入れを手伝ってくれるのは嬉しいが……それじゃあ嫁の一人も取れんぞ?

男:お前俺の母親みたいなこと言うな。勘弁してくれよ。

輝夜:それだけ身内の方も心配しているということだろう。

男:そういうのは苦手なんだよ。自分の面倒すらロクにみれない俺が婚姻を結ぶなんてできるワケないだろう。

輝夜:だから……面倒を見てくれそうな者にお前を託すんだ。そうすればみな安心するだろうに。

男:それじゃあ愛想つかされて逃げられちゃうよ。

輝夜:そこは……捨てられないように努力せい。

男:努力ねぇ……誰も来ない神社の手入れとかしてるんだけどなぁ。

輝夜:まったく。ああいえばこういう。そういうところだ。

男:はいはい。おっしゃる通りでございます。

輝夜:言っておくが、女子は自分で見つけるんじゃぞ。

男:言われなくてもお前にそんなことは頼んだりしないよ。

輝夜:そうか。ならよい。

男:それはそうとして……

輝夜:ん?

男:なんでこの神社こんなにご利益がないんだ?

輝夜:なんでもなにも参拝客が来ないからだろう。

男:そりゃご利益がなければ願掛けにも来ないだろう。

輝夜:善いことがなければ神社に来ない。そのようなニンゲンの施しなどいらん。

男:それじゃあ食べていけないだろう。

輝夜:あいにく怪異は何も食べなくても生きていける。神社とて潰れたら別の場所をあてがわれる。だから困らんのだ。

男:それで……そんなに努力しなくても生きていけると。

輝夜:怪異の特権じゃ。

男:いいなぁ。俺もそんな楽して暮らしたいよ。

輝夜:……お前と出会ってから十数年。そのような所は変わらぬなぁ。

男:あはは。ニンゲンはそんな簡単に変わらないんだよ。

輝夜:確かにそうかもしれぬなぁ。思えば、最初の頃もそうだった。

男:そうそう。畑仕事を手伝わないで毎日この寂れた神社で遊んでた所を、こっぴどくお前に叱られてたなぁ。

輝夜:当たり前だ。お前の両親がお前を育てるのに必死で働いているのに、肝心のお前といえば手伝う気が微塵もないのだから。

男:まぁまぁ。でも両親は元気だし、俺もこうして生きてるからいいじゃないか。

輝夜:全く……そんな小童が今やサムライになっておるとは……この世界のことはよくわからんわ。

男:へぇ。神様の遣いでもわからないものなのか。

輝夜:儂らは全知全能の存在ではないのだ。分からないことの方が多い。

男:へぇ。他にわからないことって?

輝夜:そうだなぁ……ニンゲン同士の関係性だなぁ。

男:はぁ?

輝夜:それはそうだが……子供の頃から悪ガキだったお前をなぜここまで育てられたのか、わしにはわからん。他の家では見捨てられてもおかしくはないぞ?

男:そりゃあ……愛だよ。

輝夜:愛?
男:自分でいうのもなんだけど、両親が俺のことを愛していたからここまで育ててくれたんじゃないのか?


輝夜:その愛というのがわからんのだ。

男:わからないって?

輝夜:感情そのものについて理解ができない。なにゆえそのような感情をニンゲン同士は抱くのだ?所詮ただの他人同士だろう。

男:それは……

輝夜:それは?

男:俺にもわかんない。

輝夜:なんだその答えは。

男:まぁ……言葉で説明できない感情があるんだよ。
男:怪異にはそういうのはないのか?

輝夜:怪異は基本的に他のニンゲンとも怪異とも係わることはない。故にそのような情を抱くことは極めて少ないのだ。

男:ふーん。寂しい存在だなぁ。

輝夜:寂しい?

男:だってそうだろう?人間はいろんな人と助け合って生きていくもんだろ?なんだかんだでそうやって絆を深めていくんだ。でもそれができないんだろ?

輝夜:確かにそうだが……面倒なことをしなくてよい分楽だぞ?煩わしいことがない。ただ神社にいれば平凡な毎日を送れるのだ。

男:そうか。そういう考え方もあるのかもしれないな。

輝夜:ニンゲンにはわからんだろうなぁ。

男:そうだなぁ。あんまり想像はつかないかもな。

輝夜:ふん。ニンゲンはニンゲン。己とその周囲の幸せだけを考えておけばよい。こんな神社のことなんて忘れてな。

男:はいはい。それじゃあ……そろそろ行くよ。流石にうちのお殿様に怒られちゃう。

輝夜:そうか。気を付けて帰るのだぞ。

男:もう子供じゃないんだけど……ありがと。じゃあな。

0:そう言って男は神社から去っていった。



場面転換・数年後



輝夜:なんだ……久しぶりじゃのう。

男:すまない。最近忙しくて。

輝夜:別に来てほしいわけでもない。無理してここへ来るくらいなら家で休んでいればよいだろう。

男:まぁでも……たまには一人ぼっちの神様の遣いにも会いに来ないとな。

輝夜:いらぬ気づかいだと言っておろうに。

男:でも今日はそれなりにキレイ……だな。

輝夜:ニンゲンが来なくて暇だからなぁ。掃除くらいしかやることがないのだ。

男:……なんて反応していいかわからないけどボロボロになってなくてよかったよ。

輝夜:気に喰わぬ反応だがまぁいい。そんなわけでここはいつも通りだ。安心してこんな所のことは忘れろ。

男:またそんな寂しいこと言うなよ。

輝夜:別にそんなことはないだろう。お前とて年中行事の際は別な所へ行くだろう?

男:意地悪だなぁ。こっちにも事情があるんだよ。

輝夜:別に責めているわけではない。ただそれほど優先順位が高くないというのも事実だろう。

男:そりゃあ家っていう単位で見ればそうかもしれないけれど……それだけがすべてじゃない。

輝夜:だとしても、何よりも先に来るような所でもなかろうて。

男:はぁ。ああ言えばこう言う。

輝夜:ほざけ。その言葉そのままそっくり返してやるわ。

男:まぁそんなのはいいんだ。今日はその……伝えたいことがあって。

輝夜:ん?なんじゃ?

男:俺……嫁を取ることになって……

輝夜:……そうか。それはよかったな。これでご両親も安心じゃろう。

男:あ、あぁ……やっと嫁が来てくれたって喜んでくれてたよ。

輝夜:……親孝行ができてよかったなぁ。嫁ともども幸せになるがよい。

男:あ、ありがとう……。

輝夜:それじゃあ……お前と会うのも今日が最後だ。せいぜい体に気を付けるのじゃぞ。

男:え?

輝夜:当たり前だろう。こんな所にコソコソこんな女に会いに来てるのがバレたら婚姻どころではないだろう。

男:え、いや、でも……お前は俺にしか見えていないはず……

輝夜:バカ者。女という生き物は男と違って勘が鋭い。そういうのは時間がたたずとも白日の下にさらされるものだ。

男:でも……それじゃあやっぱり寂しいじゃないか。

輝夜:阿保。お前には守るべき嫁ができるのだろう。その女子に寂しい思いをさせぬのが今後のお前の役目だろう。

男:それでも……

輝夜:あぁ!うるさい!お前サムライじゃろう。そんな女々しいことをいうでない!

男:……サムライでも寂しいと感じるときは寂しいだろう。それは怪異だって同じはずだ。

輝夜:そんなわけなかろう。ニンゲンよりも寿命が長い身、ニンゲンと別れることなど慣れたわ。

男:そうかもしれないけれど……

輝夜:ともかく。わかったらもうここへは来るな。私との約束じゃ。

男:だから……そんな約束は……

輝夜:……ではこうしよう。婚姻の祝いとして私からお前ら夫婦に1つ授けものをしよう。

男:授けもの?

輝夜:そう……元気な赤子じゃ。

男:子どもを?

輝夜:あぁ。そうして幸せになれ。ここへもう2度とこないことを条件に新しい命を授けよう……それでどうだ?

男:でも……それじゃあお前は……

輝夜:なんだ?子どもが欲しくないのか?

男:それは……

輝夜:案ずるな。ウソはつかん。今までここへ来てくれていた礼だ……遠慮なく受けとるがいい。

男:……もうここへ来てはいけないなんて言われちゃあ受け取るわけにはいかない。

輝夜:なに?

男:ここは俺にとっても大事な場所なんだ……そこへ2度と入るなってのはちょっとな……。

輝夜:……愚かな。これほどまでに強情な奴はお前が初めてだ。

男:そりゃあこんな所に来る人間なんていないだろうからなぁ。

輝夜:……そうだな。お前で最後にしてほしいものじゃ。

男:そんなこと……

輝夜:それでは1年に1回……ここで過ごすことができる……それでどうだ?

男:1年に1回……か……

輝夜:新しい命を育てるというのは容易ではない。サムライと夫という2足の草鞋を履いたままでは特にな。どの道それが限度だろう。

男:……とても苦しい決断になるよ。

輝夜:ほざけ。そもそも、私とお前がこうして会っているのがそもそもおかしいのだ。
遅かれ早かれ、お前は私の存在を忘れる日が来る。ただそれだけだ。

男:……ありがとう。大したことはできなかったけれど……

輝夜:よせ。蛇足だ。わかったら早く帰れ。私のことなど忘れて……幸せになれ。

男:……ありがとう。それじゃあ……また1年後に。

そういって男は振り返らずに神社から去っていった。



場面転換・数年後



輝夜:……今年も律儀に来たな。

男:数少ない大切な人との約束……忘れられないさ。

輝夜:それが家族を持つ男の言うことか?あろうことか妻以外の女に。

男:あはは。ここじゃあ2人だけだから。

輝夜:お前……それを誰かに聞かれては家の外に女を作っていると思われても仕方がないぞ?

男:大丈夫。ここに来るニンゲンなんていない。

輝夜:言ってくれるなぁ……まぁその通りなのだが。

男:相変わらず寂れてる……でも清潔に保たれている。

輝夜:それしかやることがないからな。

男:そうか……

輝夜:……家族とは順調なのか?

男:どうだろうなぁ……子どもができでもう4年慣れないことばかりだよ。職責のほうもあるし。

輝夜:善いことではないか。そんなことで悩める奴は幸運じゃ。

男:そうかな?結構大変なんだけど……

輝夜:それもいつか善き思い出になる日が来るだろう。

男:だといいんだけれど……

輝夜:なんだ……去年より元気がないのぉ。

男:そりゃあ……疲れてるのかもな。

輝夜:疲れてる?

男:最近子どもも大きくなって……城の方でもなんだかんだで色んな所に行くことになって……

輝夜:休む暇がないのか?

男:それもあるけれど……時々怖くなる……っていうか……

輝夜:怖い?

男:妻と子ども……そして高齢の両親を守らないといけない。でも果たしてそんなことができるのか、もうわからなくなってきたんだ。

輝夜:なるほど……荷が重いと感じるのか?

男:……そうかもしれない。

輝夜:ふん。ニンゲンも大変じゃなぁ。

男:いいよなぁ怪異は。失うものなんてないんだろう?

輝夜:そうだな……確かに失うものもなければお前らニンゲンよりも寿命が長い。だからお前の気持ちはわからん。

男:そっか。じゃあこんな愚痴を言っても仕方ないな。

輝夜:モノゴトの儚さを感じられる。だからこそ日々を大事にしようと思うのだろう。

男:日々を大事にか……。昔さ、お前言ってたよな。どうして両親が俺みたいななんにもしない奴を育てたのかって。

輝夜:急にそんな昔のことを……それがどうかしたのか?

男:親になってその理由がなんとなく分かったんだよ。ほんの少しだけの短い人生……子供の好きなように生きさせてあげたい。そう思うんだよ。

輝夜:ほう。

男:だから子どものために……妻のために頑張ろうって思える。誰かのために犠牲になってもいいと思えるのが愛ってものなのかなって。

輝夜:愛か。だとしたらとても厄介なものだの。

男:え?

輝夜:それは大きな矛盾をはらんでいる感情じゃろう?誰かの幸せのために自分が犠牲になっては、自分が幸せになることが叶わぬだろう。

男:違うよ。その誰かが幸せであれば、自分なんてどうでもいいんだよ。

輝夜:たとえ自分が傷ついても……あるいは死んでしまってもか?

男:あぁ。その人が悲しむのを見るよりはマシだよ。

輝夜:それではもしお前が死んでしまったらどうする?残されたモノは悲しみに暮れ、お前もその他人の幸せな姿とやらは観れぬぞ?

男:それはそうだが……残された家族の未来は守ることができる。それにもし死んだら、悲しむ姿は観なくて済む。

輝夜:なんとも自分勝手だな。残されたモノの気持ちを考えたことはないのか?

男:お前はあるのか?

輝夜:あるわけなかろう。

男:じゃあわからないじゃないか。

輝夜:あぁ。その感情には矛盾しかないということしかわからん。

男:それが人間というものなんだよ。

輝夜:ふん。大変な生き物だのぉ。

男:さて……そろそろ行くよ。お家のために働かないと。

輝夜:そうか……なぁ、毎年言っているがもう来なくともよいのだぞ?

男:毎年言ってるけど、来ないなんてことはありえない。

輝夜:相変わらず頑固だのぉ。

男:それしか取り柄がないもで。

輝夜:はぁ……まぁよい。達者でな。

男:……ありがとう。また来年。

輝夜:また来年。

0男は神社から去っていった。



場面転換・現在、稲荷神社の社務所にて。




ボク:へぇ……輝夜さんも人間と関わりがあったんですね。

千夏:えぇ。それも人間の寿命からみればかなり長くね。

ボク:でもそんなに長く付き合ってたら、もう知り合いとかじゃない感じもしますけどね。

千夏:そうね……お互いどこかにそういう感情があったのかもしれないわね。

ボク:それでその……その後2人はどうなるんですか?

千夏:どうもならないわ。話はここで終わりよ。

ボク:え?どういうことですか?

千夏:どうもこうもそのままの意味よ。その男はそれ以降、輝夜の前に姿を現すことはなかったの。

ボク:は?毎年会うんじゃなかったんですか?

千夏:死んだのよ。

ボク:え?

千夏:この頃はどういう時代だったか学校で習わなかった?

ボク:え?360年前の岐阜ですよね?えーっと……

千夏:そう。その頃の岐阜は戦国時代でもかなり有力な武将が住んでいたわ。

ボク:あぁ!そういえばそうでしたね!

千夏:多分戦(いくさ)に駆り出されて、そのまま命を落としたんでしょう。

ボク:そんな……

千夏:あの時はそういう時代だったから。それ自体はよくあることというか仕方のないことだったのよ。

ボク:でも仮にそうだとして……輝夜さんはどうしてそんなこと知ってるんですか?もう来なかったんですよね?

千夏:残された家族が彼女の神社に訪ねてきたのよ。家に残された刀を持って死んだ家族の思い出の場所にね。

ボク:え、じゃあ輝夜さんが持ってる刀は……

千夏:えぇ。その彼の形見よ。

ボク:あんなに神社にはもう来るなって言ってたのに……なんで今も刀なんて……。

千夏:……きっと失って初めて気が付いたのよ。色々ね。

ボク:それで……それから輝夜さんはずっと同じところに?

千夏:いいえ。彼女は今、神社に属していないわ。

ボク:あ、そういえばそんなこと言ってましたね。それって……

千夏:その当時村の人々の中には帰ってこれなかった人がかなり多かったのよ。だからその当時いくつかの神社が統廃合されたの。神社を支えるニンゲンそのものが減ってしまったし、男性が多く亡くなってしまったから、地域の人々も金銭的にも苦しかったんでしょう。

ボク:そういう場合ってどうなるんですか?廃止になっちゃった神社の神様の遣いは?

千夏:通常なら他の規模の大きい神社に割り振られたりするんだけれど……彼女はそれを望まなかったの。

ボク:……それっていいんですか?

千夏:当時は神様たちの間でも色々な意見があったみたいだけれども……結果としては大丈夫だったわ。その代わり彼女には新しい役職が与えられた。

ボク:役職?

千夏:いわば……日本にある神社すべての監視役ね。日本中を旅して、神社に問題がないかとか遣いはちゃんと仕事をしてるのかとかをチェックするの。猫たちにも頼めば情報収集もできるしね。

ボク:なるほど……中々大変なお仕事?ですね。

千夏:でも彼女が望んだのよ。その役職。

ボク:え、どうしてですか?

千夏:ニンゲンは死んだら生まれ変わる。言い方を変えれば魂はまた何かに宿るのよ。

ボク:は、はぁ……聞いたことがありますね。

千夏:だから……生まれ変わった彼を探しているのよ。この400年近くずっと。

ボク:えぇ……そんな無茶な……探し当てることなんてできるんですか?

千夏:さぁね。でも彼女はできるって信じてるんじゃなくて?

ボク:でもそれから見つかってないんですよね?ならもう……

千夏:まぁ……諦めたらそこで終わりだから。

ボク:……なんというかすごい話ですね。

千夏:えぇ。愛を知らなかった女が、いつのまにか愛に囚われてしまった……。なんとも皮肉な話ね。

ボク:……見つかるといいですね。その男の人。

千夏:……そうね。だといいんだけれどもね。

場面転換
数日後・深夜4時頃・大垣八幡神社にて。

千夏:……珍しいわね。あなたから来るなんて。

輝夜:折角近くの神社に滞在しているのだからなぁ……。顔くらい見せないと失礼だろう。

千夏:この間みたいに少年に伝えてくれれば、稲荷の方まであたしから行ったのに。

輝夜:構わぬ。それよりお主……少年に全部話したな?

千夏:……なんのことかしら?

輝夜:とぼけるな。先日あの少年に会ったときの儂を見る目……それですべて察しがついた。
男は表情に出やすい。

千夏:はぁ……少年もまだまだね。

輝夜:まだ高校生といったな……そういう経験が浅いから、余計に分かりやすかった。

千夏:それでどうしたの?

輝夜:どうもしない。気を遣ったのか何も聞かれなかったから、そのまま何も話さなかった。ただそれだけだ。

千夏:そう。どうせなら惚気話でも聞けばよかったのに。

輝夜:ふん。あの少年にそんな度胸があるとは思えんがな。

千夏:そうね……たしかに。でも勇気だったらそれなりにあるかもしれない。

輝夜:ん?

千夏:なんでもない。

輝夜:……時にお主……あの少年のことをどうするつもりじゃ?アカリに聞いたがはぐらかされたぞ?

千夏:どうするもこうするもないわよ。たまにここにフラっと来るからそこで他愛もない話をしているだけよ?

輝夜:だといいのだが……

千夏:何が言いたいの?

輝夜:それは……儂の二の舞いになるなということだ。

千夏:二の舞いねぇ。

輝夜:こう見えても本気で言っておるのじゃぞ?何百年も日本中をさまよう亡霊のようにはなりたくないじゃろう?

千夏:どうかしらね。神社を預かる責任がない分、憧れるけど?

輝夜:たわけたことを……。このような職責を与えられてから気が付いたのだが、どんな形であれニンゲンと関われるのは幸運なことだぞ?あのような純粋無垢な少年なら特に。

千夏:なら、はやく神社の遣いに復帰したら?今人手不足らしいし。

輝夜:それはできぬ。

千夏:どうしてよ?

輝夜:……言わなくてもわかるだろう。一度囚われの身となってしまっては、他のモノゴトに手がつかんのだ。

千夏:……そうね。

輝夜:失ってみて初めて、その存在について深く考えるキッカケになる。後悔の念を感じる頃には時はすでに遅かった。

千夏:……

輝夜:たとえ1年に1回だけでも顔を観ることができるというのが幸運だった。それが当たり前になっていたからこそ、それに気が付くことができなかった……。もう顔を見ることも話すことすらも叶わぬと分かって、はじめて自分がどれだけ愚かなことをしていたのか気が付かされた……。

千夏:それが……あなたが今もなお彼の面影を探し続けている理由?

輝夜:もちろんそれもある。でもあの瞬間……あの男に残された遺族が神社に来て泣きじゃくる姿を見てから考えるようになった。これからはこのようなことがないように……決して後悔がないようにと……。

千夏:そう。今も会いたい?

輝夜:もちろん。当時の非礼を詫びる……といっても覚えてはいないだろうが、その代わりといってもそれなりの贖罪はしなくてはならないだろう。

千夏:贖罪?

輝夜:神の遣いじゃ……せめて願いを叶える手助けくらいはせんとなぁ。

千夏:あなたは子どもを授けたじゃない。それだけでも十分すぎるくらいじゃなくて?そんな願い、滅多に叶えられるものじゃなくてよ?

輝夜:十数年近く神社に通い続けたモノに対して、それではあまりにも安すぎるとは思わんか?

千夏:ん……そうかもね。

輝夜:まぁ……所詮は儂の自己満足……儂自身の問題だ。その落とし前は自分でつける。

千夏:そう。ま……そこまでいわれちゃああたしもなにも言うつもりはないわ。好きにしなさい。

輝夜:話を戻そう。お主と関わりを持っている少年も…‥

千夏:あいにく……あの少年のことをどうこうするつもりはないわ。彼もそのうち大人になって、ここのことなんて忘れる。それでいいのよ。

輝夜:……そううまくいくと思うか?

千夏:え?

輝夜:しばらく滞在させてもらった身の上でこのようなことを言うのもなんだが……アカリは昔から腹の中が見えない女だ。

千夏:……いつもニコニコしていて人当たりはいいんだけどね。

輝夜:だからこそ余計にタチが悪い。1度彼女に出会ったニンゲンは、少なくとも彼女に悪い感情を抱くことは稀だろう。

千夏:たしかに。まぁ……当分は何もしないと思うけれど。

輝夜:そうだといいのだが……気がついたら「神隠し」の後かもしれない。

千夏:……

輝夜:もっとも、儂の考えすぎかもしれんが。

千夏:……だといいわね。

輝夜:あぁ……では、そろそろ戻るとしよう。

千夏:そう。稲荷にはいつまでいるの?

輝夜:2・3日で発つ予定じゃ。その後は……

千夏:わからないんでしょ?気を付けてね。

輝夜:ありがとう……そうだ……t

千夏:ん?

輝夜:あの少年こと……その時が来たら手を差し伸べてやれ。

千夏:どういうこと?

輝夜:あの少年……相当無理をしているみたいじゃぞ?

千夏:どうしてそんなことがわかるのよ?

輝夜:知っているだろう……すべての猫の目と耳は、儂の目と耳じゃ。

千夏:……なるほどね。

輝夜:それじゃあ……達者でな。

千夏:えぇ。またいつか会いましょう。


そうして輝夜は去っていった。



完結

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