【本屋大賞】厄災はアポをとらない。吉村昭「破船」
2022年本屋大賞「発掘部門」の「破船」を読むと、吉村昭という人は残酷なほど毎回同じことを書いているんじゃないかと思った。
同じことというのは、たとえば家に武器を持った人が突然来たら、そこにいた人が犠牲になるということだ。
仏様をおがんでいたから助かるとか、ハリウッドみたいに少女と動物は助かるとか、そんな因果関係のないことは起こらない。
災難は急にやってきて、たまたまそこにいた人が犠牲になり、助かった人は「残された側」として生きることになる。
たとえば「雪の花」は、ワクチンを広める医師の小説だ。
毎年多くの死者を出す病から村人を救うため、迷信に頼る人々に西洋医学を理解してもらい、病から人々を救う実話がベースになっている。
重く苦しい中に、天然痘ワクチンのもとになる「かさぶた」のある子供を完治しないうちに故郷まで連れてこさせるという、タイムリミットを決めた冒険小説のようなワンシーンがある。
熊嵐は、厳しい東北の村がヒグマに襲われた記録がもとになっている。真っ先に無力な子供と女性が襲われ、餌になる。
病でも獣でも、用意している武器と知識で戦うしかない。
それがないものは神仏に祈るが、それは気休めにしかならない。
吉村昭作品には、古い日本の生活記録を読んでいるのに、急にハードな娯楽小説みたいになるときがあって、その瞬間の、ギアが変わって作品に腕をつかまれて引きずり込まれるスリルがたまらない。
どこから現れるかわからないヒグマの気配をうかがいながら行動する場面は、「プレデター」「エイリアン」的な怖さがある。
そして「破船」では、貧しい漁村の生活が、少年の成長を通じて描かれる。近海で商船が座礁したときだけ、積み荷を奪うことで、わずかな生活用品や米を口にすることができるため、船の難破を願いながら清貧に生きる一族。
船が通らず、漁獲量が少なければ健康な体の者が身売りに出て、何年も町で過酷な労働に従事させられる。
そのあいだ子供たちは、雑穀とタコと、熟練した漁師だけが獲れる数尾のサンマを節約して節約して食べながら、なんとか健康なまま、身売りした親が帰ってきたときに健康な姿で迎えたいを夢見る。
だが、ある年に流れ着いた船は、今までと様子が違っていた。
荷物があるか確かめに乗り込むと、乗組員は全員死んでいて、「サルのお面」が船内に飾られている。
貧しい漁村の記録をたどっていくような文章から、急にガッ!とギアを切り替えたようにスリラーになる。「バイオハザード7」に出てくる船員が奇病に犯された船みたいなのが出てきて、船内から持ち帰った道具を媒介にして、村人はつぎつぎと倒れる。
質素に耐え忍んで生きる村人たちは、突然やってきた厄災に蹂躙される。
それまで少しの食べ物を貯蔵して、くらしを丁寧に書いていた人々が容赦なく弱いものから死んでいく。
吉村昭は当たり前のことを何度も書いている。
厄災は突然やってくる。どんな事故にも天災にも重ねて読むことができる。