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『アンダスタンド・メイビー 上・下』 (島本理生 作) #読書 #感想

まずは昨日の上巻の続きから。

ここで新たな登場人物、カメラマンの浦賀 仁を紹介する。彼は主人公の黒江が憧れている人物であり、黒江は彼のもとに弟子入りしたいと思っている。本格的に写真を撮りたい、と。黒江と仁は文通相手であり、結果的に本当に弟子入りすることになる。

もう1人、写真に関わる登場人物は、高校で一緒に写真部をつくった(と言っても写真部員は2人しかいないが)同じクラスの佐々木 光太郎。彼は黒江の写真を純粋に褒め、(黒江はこの頃羽場先輩の写真をよく撮っていた)「あなたはプロになるべきだ」と絶賛する。

光太郎のセリフ、335ページより

「(略)藤枝さん(=黒江のこと)みたいに、他人にいきなりカメラ向けることが出来る人が弱いわけないじゃないですか。(略)写真の技術よりも、藤枝さんには、ぱっと人の心に踏み込む力がある。それが1番の才能だと思いました。(略)」


藤枝さんならゼロを1にするだけじゃなくて、ゼロを100にできると彼は絶賛していた。黒江の"人の心に踏み込む力"は良いものとも そんなに良くないものとも捉えられる。人と距離を縮めるのが得意なことは、人の素顔を引き出すのが得意なことは、きっと良いことだ。
でも黒江の不安定さを考えてみると....人の心に寄り添いすぎてそこから抜け出さなくなることや、踏み込んで相手に振り回されること(良いように扱われること)は 必ずしも良いことではないのかもしれない....そんなふうに思ってしまうのだ。






ここから下巻である。
下巻は、黒江が東京の仁の家に居候しアシスタントをしているところから始まる。
家を飛び出すとき、黒江はもう家には戻らない、母親には会わないと誓っていた。

黒江はあることがきっかけで初恋(?)の相手でもある彌生くんに再開する。実は彌生くんは黒江に浮気をされたと思い別れたのだが、黒江は浮気をしたわけではなく見知らぬ男に襲われたことを打ち明けられないだけだった。
彌生くんはその後誰とも付き合っていなかった。浮気されたというショックが残り、恋愛に対して臆病になっていたのだ。
だからこそ、黒江は打ち明けたかった。彌生くんに。

60ページより

誰かに助けに来てほしかった。怖かったけど自分がぜんぶ悪いと思った。死ぬよりマシだと思った自分がずっと情けなかった。(略)
激しく首を横に振りながら、赤ん坊のように泣いている自分を、心のどこかで見つめながら思った。
私、ずっと、彌生君に許されたかった。

ずっと過去から逃げているように感じていた黒江にとって、彌生君の腕の中で泣き、"気づかなくて、ごめん"と言ってもらえたことは大きな救いだったのかもしれない。
初恋の相手だから特別な人だった、というわけではなく、それ以上の信頼を抱いていたのかもしれない。2人の間には2人にしか分からない空気が流れていたのかもしれない。彼に許されることで、全て許されるような気がしたのかもしれない。



そんな中で徐々にカメラマンの仁さんとの距離は微妙になる。色々教えてもらえないもどかしさ。なかなか成長できないという不安。的を得たように厳しい指摘をしてくる仁さんに対する不満。この頃の黒江は、そのうち爆発してしまいそうな何かを抱えている。

そんな中、黒江と彌生君は付き合い始める。83ページより。

包み込むような雰囲気と、どっしり落ち着いた物腰。丁寧な喋り方。白いワイシャツに包まれた彌生君の方を見ながら、なにもない、と感じた。嫌なところも苦手なところも。
やっぱりこの人は、あいかわらず私の神様だ。

黒江が彼とまた付き合いたい、と思った理由。彼は黒江にとっての"神様"だ。ここでいう"神様"とは何なのだろう。神様にずっと許されたかった黒江。神様を好きだった黒江。

もう少し後のページで黒江は彌生君のことを"すごい"と言っている。見えないものが見えて。黒江のことを助けてくれて。そんな黒江に彼は、"君と一緒なら少しだけ出来ないことが出来るようになる気がする"と伝えている。
彼にとっての黒江は何だったのだろう。一筋の光だろうか。自分のことを分かってくれる存在でありながらも、なぜこんな自分を好きなのだろうと少し不思議な存在なのかもしれない。


ただ驚きなのは、彌生君を"神様"と呼ぶ黒江のその後の感情だ。高校時代に撮った懐かしい写真を見ながら、黒江が想うのは、羽場先輩なのだ。
115ページより

写真だからこそ、言葉や態度で誤魔化すことができずにあらわになった痛々しさに、気が付くと、私は泣いていた。(略)
もしかしたら、私のことを一番好きで大事にしてくれたのは羽場先輩だったのかも知れない。
いつも不安で怖かったし、彼の気持ちが信じられずにいたけれど。
今なら素直に、そう思えた。


"懐かしい"と思いながら涙を流す黒江が"1番大事にされていた"と感じるのが羽場先輩なのは少し意外だった。彌生君は恋愛とはまた違う別の領域にいる人なのだろうか。恋愛を超えてしまったのだろうか。
当時は彼(羽場先輩)の気持ちを疑っていた黒江が今は素直にそう思えるのは、黒江が成長したからだろうか。黒江が自分と同じ痛々しさ(苦しみや悲しみ)を羽場先輩から感じるからだろうか。"愛される"ことはどういうことなのか、許されることで分かってきたからだろうか。




まだ全部読み切ってないが、黒江の感情の変化は激しくて、忙しい。とても1つ1つの感情がリアルだからこそ、どこか不安定でハラハラする。

そんな彼女は最後に誰を選ぶのだろう。


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