見出し画像

アリス・マンロー『イラクサ』小竹由美子訳、新潮社

さきごろ亡くなったカナダの作家、アリス・マンローの短編小説集。短編といえどもどの小説も長編の重みがあるという世間の評判どおりで、9つの短編を一気に読むのはたいへんな作業だった。9つを1冊にまとめないで3篇ずつぐらいで出版してもらいたい気がする。それぐらいの重厚さ。

マンローは「女は家にいて家族の世話をするのが当たり前」という時代の人で、実際彼女も作家になるという夢をもちながらも結婚して主婦をしていた時期が長かった。なので結婚生活を主婦の視線で(密かな性的出来事なども織り込みながら)描いたものが多い。この短編集ではそういう「主婦もの」がわりと多かった。ずっと専業主婦をしていた女性が読むと特にのめりこみそう。結婚生活で知らず知らず傷ついてきた女の気持ちが救われると感じられるから。

わたしが面白いと思ったのは、主婦が主役のものではない2篇、「恋占い」と「クマが山を越えてきた」。

「恋占い」ではある家に雇われていた有能だが無骨な女が、少女たちのいたずらで偽のラブレターを受け取り、差出人と結婚する気になって相手の町に引っ越してしまう。真相がわかって傷つくだろうと予想されるのだが、偶然が重なって意外なエンディングとなる。いたずらをした少女はこの短編では脇役だが、フィクションの文章が実際に人を動かしてしまうという話には、若いころから作家志望だったマンロー自身の影を感じた。

「クマが山を越えてきた」を読み始めてすぐに、自分がこの映画を以前に見たことがあるのを思い出した。大学教授の夫を持ち、幸せな結婚生活を送っていた主婦がアルツハイマーになり、施設に入る。夫は過去に妻を裏切っていた過去を持つのだが、施設に入った妻から冷たい反応を示されてショックを受ける。だがこれも意外な展開になるのだ。

どの短編も人間を見つめる冷徹な目がある。構成も文章ももちろんうまい。だけど、たぶんこれからの時代の女性が求める小説とは少し違うのではないだろうか。いや、それとも、社会環境は変わっていってもマンローは変わらずに女の気持ちを救っていくのだろうか。


いいなと思ったら応援しよう!