【創作大賞感想】名前について考える
ここのところ、頻繁に名前について考えていました。
自分の本名についても、
このnoteネーム(ミーミー)についても。
そんな時に、
「名前に不満がある状態=人生に不満がある状態ではないか?という仮説」
という、SHIGE姐さんの記事を発見!
もう、
「そう!そうなの!そうなのですよ!」と、
ひとりごとで記事に(SHIGE姐さんに)話しかけちゃうくらい、
SHIGE姐さんと私の「名前境遇」と似ていました。
私の名前は父がつけてくれました。
こう言うと、
「親が名前をつけるのは自然なことでしょう?」と思われるかもしれません。
でもね、その状況が腹が立つ……というか、つけられた側からすると納得がいかないんですよ。
私が生まれた時、父は台湾にいました。
「仕事で」とかそんな格好良い理由で台湾にいたわけではありません。
「100%遊びで」台湾にいました。
母は一人、日本で私を出産。
不安だったと思います。母にとって初めての出産でしたからね。
今みたいにネットが発達しているわけでもない時代。
夫は台湾に遊びに行っていて不在、いつ帰ってくるのかさえわからない。
「それなら赤ちゃんの名前は私がつけなきゃ!」と、入院中ずっと私の名前を考えていたそうです。
そんな中、母に父から一通の手紙が届きます。
そこには赤ちゃん(私)の名前が記されていたそうです。
「ええ名前考えといたから、これをつけたらよろしいやん。よろしく頼むわ」ってな、感じです。
それが、今の私の名前。
……なんか、悔しくないですか?
SHIGE姐さんのお名前も伯父さんが名付けられたとのこと。お母様は「沙織」とつけたかったと。
もうまさに!我が家と同じ!
初めての妊娠出産、夫は遊びに行っちゃっていないから、娘の名前を何にしようかワクワク考えていたら、その名付けの権利をかっさらわれてしまった母。
せっかく考えていたのに、出産時にそばに居てもくれなかった夫が送りつけてきた名前なんて付けたくないですよね。
私も母に聞いたことがあるんです。
「お母さんが考えていたのはどんな名前?」と。
そしたら、
「マリ、にしようと思っていた」と返ってきました!!!
マリ!?
可愛い!!!
ちなみに、私の本名は
「美恵子」です。
この美恵子がね、子どもの頃に嫌で。
その理由はこちら↓
私は昭和52年生まれ。
SHIGE姐さんがおっしゃっている通り、
「◯◯子は古いから別の名前をつけよう!」となった時代です。
私の同級生にも、◯◯子は少なかったですね。
自分の「子」が付く名前が古くさい気がしてなんだか嫌で、子がつかない名前に憧れました。
でも、流行りの「美」は使ってある。
そのあたりがちぐはぐだなぁと。
母が考えてくれていた「マリ」は子がつかないし、響きが綺麗。
そしてなにより「美恵子」だと、漢字の説明をする時に名前負けしてるみたいで恥ずかしかったんです。
「美しいの美に、恵まれるの恵に、子どもの子」
それならやっぱり、
マリちゃんが良い。
しかし、ある日、
姓名判断の本を読んでいて、自分の名前の24画が「玉の輿大吉運」だと知ります。
嬉しくて父に「私の名前、大吉運だって!」と報告すると、
「そりゃあそうよ。台湾の占い師に、いっちばんええ名前付けたってくれ、って頼んで付けた名前やから」
と返ってきました。
「へぇ……そうだったんだ……」
その時から私、自分の名前が少し好きになったんですよね。
名前の画数が良いから嬉しかったんじゃなくて、
父が少しは私のことを考えて名前をつけて(考えてもらって)くれていたことが。
名前はやっぱり大事です。
だってそれが自分だから。
その名前で呼ばれるのだから。
4年前、noteを始める時、
まさかこんなに長く続けるとは思っていなかったので、
noteネームをテキトーにつけてしまったんですよ。
その名も
「ミーミー」
いまだそのまま変わっていません。
皆さんに「ミーミーさん」と呼んでいただけるようになったので、
今ではそれが自分だと思っていますし、
気に入ってもいます。
しかし、テキトーにつけた名でこのままやっていってもよいものか。
最近少し悩んでいたので、
SHIGE姐さんの記事がしみてしみて。
SHIGE姐さんのnoteで名前のことを深く考えることができました。
ありがとうございました。
皆さんもこのnoteを読めば、名前について考えたくなる!!!おすすめnoteです!!