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結婚して思う、大恋愛とか忘れられない恋とか


ずっと書きたいと思っていた、
昔の恋について書いてみようと思う。

わたしは現在結婚していて
この人と結婚できてよかったと思っているけれど、
結婚するまでは「あの人が人生で一番好きだ」
と思う人がいた。


もう二度と会うことのない人。
お元気でしょうか。



その人とは17歳から21歳までの4年間付き合った。


4年の間に数え切れないほどお互いを傷つけあって、何度も別れては何度も復縁する、そんな二人だった。
別れの決め手になったのは
付き合って5年目になる頃、
実家にいる彼のお母さんが倒れてしまい、
高齢のお父さんだけでは介護が難しい、
彼の手が必要だということで
彼が遠い実家に帰ることになったからだ。


彼の実家はそれはそれは遠いところにあり
わたしの住んでいるところからは
飛行機を乗り継ぎ、さらに車で何時間というような場所にあった。
1泊2日でさくっと行けるような場所ではなく
遠距離恋愛するにしても年に2回も会えるかどうかという距離。

さらに彼には高齢のご両親がいて、これからは介護があるのだ。
彼が家を空けてこっちに来ることは難しいだろう。


20歳のわたしにとって結婚なんてまだまだまだ全然先の話で、
彼についていくなんて選択肢があるわけもなく
だから彼が実家に帰ると言ったときは当然のように
『そしたらお別れするんだな…』と思った。


彼のことは大好きだったし、別れたくなかったけど、情で続いていたのも否めなくて
腐れ縁のようなこの関係がやっと終わるんだという、安心するような気持ちもあった。
彼もわかっていたと思う。
実家に帰ると言ったらもう別れるだろうこと。

だから彼はわたしに、ついてきてほしいなんて
ひとことも言わなかった。



だけど一度だけ、
「mimiも一緒に来る?」と言われたことがある。

そのときわたしは
「えっ、行かないよ!遠すぎるでしょ!」
と言って笑い
彼も
「そう言うと思った」と笑ったが
いま思えばあれが彼の精一杯だったのだと思う。

未来が夢と希望で溢れた20歳の女の子に
そんな田舎まで「ついてきてくれ。」なんて言えるわけがなかったのだ。


冗談っぽく言っていたけど、寂しそうに笑った顔を思い出すといまも苦しくなる。


そうして彼は実家へ帰り、それと同時にわたしたちの4年の交際は終わりを迎えることになった。



彼と別れたその後、彼を忘れられなくて誰とも付き合えない…などといったこともなく、
わたしは何人かの人と付き合い、それなりに恋愛を楽しんだ。


だけど、誰と付き合っても彼のことを思い出した。



元気にしてるかな。
いまも実家にいるのかな。
お母さんはどうなったんだろう。
病気は良くなったのかな。

別れてから連絡を取り合うことはなかったけど
彼を忘れたことはなく、
あの人が一番好きだったな。という気持ちは
誰と付き合っても消えることはなかった。
いつだってずっと、心の奥に彼がいた。
彼に会いたかった。




別れてから5年ほど経った26歳くらいのとき。
どうしても気持ちが抑えられず、彼に会いたくて連絡をとったことがある。



連絡をとったとき彼は最初びっくりしていたけど、そのうち他愛のない話もするようになり
数年の時を経て、再びなんとなく昔のように距離が縮まっていった。
そしてわたしは、何度か彼の住んでいる遠くの地まで会いに行き、会うたびに、
やっぱりわたしにはこの人しかいない。やり直したい。と思うようになった。

そしてもう普通に会うのも辛くなるくらいに想いが膨れ上がって、何回目かに会いに行ったとき、その気持ちを伝えた。



けれど彼から、その気はない。とキッパリ断られた。



「mimiはいま好きな人ではなく、好きだった人だ」と言われてしまったのだ。
彼にとって、わたしはもう過去の人だった。
彼にはわたしとやり直す気はなかった。




つらかったけど、想い続けるのはもっとつらかったし、付き合った4年間もそれなりにつらかったことを思い出し、
フラれたことを機に連絡先を消した。
会いに行くのもやめた。




その後彼とわたしの人生が交差することはなく、
いまは彼がどこにいて、何をしているのかも知らない。

あの人以上の人は現れないと思っていたけれど
その後何年かしていまの夫と出会い、結婚した。



だけど夫と付き合っているときだって、しばらくは彼のことを思い出し
「あの人が一番好きだったな。」
と思うことがあった。


ナラタージュや冷静と情熱のあいだなど、
忘れられない恋を描いた小説やドラマに共感し、そういった作品に惹かれた。


よく「一番好きな人とは結婚できない」といわれるけれど、そうなのかもしれないなあ。
なんて思ったのだ。



だけど夫と結婚して穏やかな日々を送るうちに
わたしはあの人が一番好きだった。
ということに
本当にそうだろうかと思うようになった。



わたしは夫ではない彼のことを、
一番好きだったんじゃなくて
一番傷ついただけなのかもしれない。
とも思うようになった。


すごく傷ついた恋愛をすると
あの人が微笑みかけてくれたらその傷が癒やされて
あの人が手に入ったら、わたしは幸せになれると錯覚してしまうのではないか。


そして手に入らなかったら、その傷と未練がいつまでも心に残り、時間が経つごとに美化されていき、たくさん苦しんだあの恋愛に意味と救いを持たせたくて
「あれは美しい大恋愛だった。あの人が一番好きだった。」と思い込んでしまうのではないか。


どうしようもない理由で大好きなまま別れたあの人。
わたしにとってあの恋愛はとても特別で
間違いなく人生で一番傷ついた恋だった。


それをこれまでは、人生であの人が一番好きだった。と思っていたが
単にたくさん傷ついて、手に入らなかったから忘れられない傷として残っているだけかもしれない…と、あるときにふと思ったのだ。




どうしてそう思うようになったかというと
そういえば夫は、わたしを傷つけることが全然ないなあ、と思ったからだ。


だからわたしは夫に対してほとんど幸せな記憶しかない。
振られたとか、拒絶されたとか、
夫に深く傷をつけられたことがないからこそ、
夫とのこの穏やかな日々を大恋愛だとは思わず
それよりも心が傷を負ったあの恋を
大恋愛だった。
人生で一番好きだった。と思ってしまう。
でもそれって、ただの錯覚だったのかも…

そんな風に思ったのだ。




とはいえこれはこれで、
一番好きだった人と一緒になれなかった…
と思いたくない心の防衛で
ある種の現実逃避なのかもしれないし
そういう深層心理は正直わからない。


ただひとつ確実なのは夫との結婚によって、
過去の恋愛を本当の意味で消化できたということだ。



付き合ってくれたこれまでの恋人たち全員に
誰が一番だったとか、忘れられないとか、見返してやりたいとか、会いたいと思うことはなく
いまはただ、
みんないい人だったなあ。と思う。
そして
元気で幸せでいてくれたらいいなあ。と思ってる。
それしか思わないし、
それ以上に何も思わなくなった。

彼らを幸せにできるのはわたしではないし、
わたしを幸せにできるのも、彼らではないのだから。

忘れられない恋を描いた小説やドラマにも、
あんまり共感できなくなっていった。




いまわたしの心を喜ばせたり悲しませたりできるのは唯一、一緒に暮らす夫だけだ。


そうなると夫は人生で一番好きな人?

そうかもしれない。
けど…
最近は、そもそも誰が一番とか思うこと自体ナンセンスな気もしてる。



一番とか二番とか大恋愛とか
正直よくわからない。
けれど
死ぬときに伴侶を想ったとき
ああこの人と結婚できて本当によかった。
と思って幸せに死ねたら
それは大恋愛で、一番好きな人だったのではないか。


そんな風に思えるように夫と時間を共にしていきたいし、そう思って死んでいけたらいいなあ。と思う。


毎日があまりに穏やかでわかりづらいけれど
もしかしたらわたしはいま、大恋愛の最中なのかもしれない。




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