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振り返ると、いつもそこに木村拓哉がいた

 鼻筋の整った顔立ちに、艶やかな長いロングヘアーの男性が「スーパーリップで攻めてこい」と囁く。彼の頬には、紅・橙・桃色など幾多もの鮮やかな口紅がキュッと虹のように引かれていた。

 男性アイドルが口紅のCMキャラクターを務める。時代が動いた瞬間。実にセンセーショナルだった。彼が先駆者として、その文化は継承されていくのだろう。そう思っていたが、継承者はなかなか登場せず。KAT-TUNが出てきた頃は、赤西くんがそのポジションを担うかもと思っていたが、早々にグループを抜けてしまう。

 それから何年かの時を経て、カネボウ化粧品の「KATE」シリーズの口紅ブランド「リップモンスター」のテレビCM「怪物は囚われない」篇のテレビCMに、中島健人さんが登場。

 抱かれたい男No.1からセクシーサンキューへのバトンタッチまでに、かなりの歳月が経過した。もしかしたら、私が知らないだけで他にも「口紅のイメージキャラクターを務めた男性アイドル」はいたのかもしれないけれど。今の所、はっきりと覚えているのが木村拓哉さん、中島健人さんのみである。

 木村拓哉さんが口紅のCMを務めていた、あの頃。まだ多様性なんて言葉もなく、男性は男らしく、女性は女らしくあれという時代だった。その流れを真っ先に断ち切ったのは、木村拓哉さんが出演した口紅のCMではないだろうか。

 時は20〜30年前の平成真っ只中。世の女性たちの視線には、いつも木村拓哉がいたのだ。それは日本国内のみならず、私の実家でも常に木村拓哉さんはそこに存在していた。

 「あんたに、いいプレゼントがあるの」

 私が花のJKだった頃、母がニヤニヤしながら近づいてきた。背後から謎の筒状の紙を確認する。母に話を伺うと、オロナミンCを購入したら当時CMキャラクターを務めていた木村拓哉さんのポスターをもらったらしい。

 えっ、私別にキムタクのファンじゃないんだけれども。子の心親知らずといわんばかりに、母は意気揚々とした様子で私の部屋に「木村拓哉さんのポスター」をぺたりと貼る。大きさは縦に1mほどあり、圧迫感が凄まじい。

 木村拓哉さんの写真は、ほぼ等身大といったレベルに大きかった。どこか澄ました表情の彼は、おそらく言いそうにもない「元気ハツラツ?」というキャッチコピーとともに、ジロリと鋭い眼差しをこちらに向けている。その眼差しがあまりに真っ直ぐで、私は思わず怯んだ。

 私の部屋は6畳。中央にはいつも寝ている布団が敷かれている。布団に潜ると、彼とちょうど目が合う。それにしても、こちらをグッと見つめる彼の目力が刺すように強い。まったく。彼の視線が気になっておちおち眠れやしない。

 彼の視線と共に過ごす日々が続く。受験勉強。本のページをパラパラとめくる時。ブラのホックを外す時から眠りにつく瞬間まで。振り向けば、いつもそこにキムタクがいた。彼の迷いのない澄んだ瞳を目の当たりにすると、嘘がつけないと感じる。ポスターの彼はいつどんな時も美しく、凛としていた。

 丁寧な生活ならぬ、木村拓哉さんのポスターがある生活。ほんの少しの気恥ずかしさを抱えつつも、次第にその環境に慣れてきた。人の目線に慣れるうちに、心が少しばかり強くなった気がする。

 もう誰の目も気にしない。私は私で私らしく、人の目を気にせず生きていく。時にはスーパーリップで攻めてみる。そんな覚悟が芽生えた瞬間だった。

 やがて、私の潜在意識の中に「木村拓哉さん」が刷り込まれていく。まさにサブリミナル効果というべきか、日に日に私の中で木村拓哉さんの存在が大きく育っていく。

 やがて私はテレビのキムタクでは飽き足らず「キムタクに似ている、近所の誰か」にも目を配るようになった。きっとブラウン管の向こう側にいる彼や、ポスターだけでは満足できなかったのだろう。ならばコンサートへ行けばいいのだろうが、あの頃の私にはそこまでの金も、勇気もなかった。

 ちょうどその頃、私が通う学校に「○○高校のキムタク」と呼ばれている男子がいた。すっと通った鼻筋に、オールバックの長い髪。至近距離で見ると全体的なパーツがやや小粒だなぁとは思うものの、確かにキムタクに似ていたし、カッコよかった。確か学年の人気ランキングで2位だったような。

 天は二物も三物も与えるという言葉に相応しく、彼は頭、性格もすこぶる良かった。ある時は、悪戯で隠されていたある男の子のサンダルを見つけて「誰だ、こんなことをしたの」とボソッと呟きつつ、元の位置に戻していた姿をこっそり見かけたことがある。

 そんな彼は、校内でも猛烈にモテていた。学校では彼が廊下を通ると、きゃあきゃあと黄色い歓声が飛ぶ。その度に彼は髪をサッとかきあげる。ファンサービスだろうか。確かにその瞬間は、ロングバケーションの主題歌が脳裏を掠めたりもした。

 近所では、彼の他にも「キムタクにそっくりのガソリンスタンドの店員がいる」という話題でもちきりになったことも。

 あの頃は、母がガソリンスタンドへ行くたびに「キムタクに会いに行かない?」と誘われた。「キムタクのそっくりさん」なのに、母からすればキムタクだったのだろう。

 ガソリンスタンドは、キムタク似のスタッフが登場してからというもの、軽自動車の列で賑わっていた。ガソリンスタンドの前で並んでいると「いたいた?あのお兄さん」と、母はハンドル片手にそわそわし始める。その隣で、私はお目当ての彼=キムタクに似てるお兄さんを探す。

「あっ、いた!キムタクに似てるお兄さん!」

 目の先にはドラマ「ロングバケーション」の頃の髪型をした、木村拓哉さんによく似たお兄さんが佇んでいる。こちらもやはり、至近距離で見ると木村拓哉さんにはあまり似ていないような……。でも10m先から車窓越しに見ると、木村拓哉さんがロンバケで演じていた「瀬名」にすこーーしだけ似ている気がする。瀬名より少しふくよかで、ズボンはややパツパツ気味ではあったけれども。

 順番が近づくたびに、母は「ああ、どうしよう!もうすぐ順番じゃない」と、終始ドキドキしていた。そりゃ、自分たちが自主的に並んでいるので、順番だって来ますよ。そのセリフが喉の奥まで出ていたが、母を気遣い何度も飲み込む。

 あの頃は木村拓哉さん本人の人気度が凄まじすぎて、「そっくりさん」にも注目が集まった。少しでも「似てる」と言われようものなら、髪型やファッションを真似して、少しでもキムタクに近づこうとする男性も多かったように感じる。アムラーならぬ、キムラーだ。女性のみならず、男性も虜にしてしまう男性アイドルって思い起こせばそういない気がする。彼は確かに、時代を彩るスターだったのだろう。

 そっくり男子の姿も、何度か拝んだことがある。というか、私が自ら「似ている彼」を探していた。にも関わらず、私はどうしても彼らを「キムタクに似ている」と心の底から認識できなかった。

 理由は、私の部屋には、本家=本物の木村拓哉さんがいたからこそ。毎日キムタクの顔を拝んでいたので、顔のパーツから輪郭まで、くっきりと顔立ちを覚えていた。だからどうしても「ジェネリック・キムタク」を、私は受け入れることができなかったのかもしれない。自分の意思でそっくりさんを探しておきながら、勝手なことを言って本当に申し訳ない。

 でもきっと、私の部屋に「本家」がいなければ、他の女子や母と同じように、木村拓哉さんのジェネリックバージョンを見て「きゃあきゃあ」と色めきたっていたのかも。

 それにしても慣れって怖い。イケメンを連日目の当たりにすると、どんどん目が肥えていく。彼のせいではないが、私の彼氏いない歴、婚期もどんどん遅れていった。面食いだから彼氏ができないとか、もっと理想を下げろと次第に言われるようになった。けれど、こっちは部屋にキムタクがいるんだぜ?

 木村拓哉さんの場合、その魅力は顔だけではない。ダンスをすれば溢れんばかりの色気に、目が釘付けになる。彼は演技もできるし、バラエティのコントからトークまで全部面白い。実にオールマイティな人だ。

 とくに私が好きなのは、彼のトークスキル。木村さんは確かにオーラのある方ではあるが、誰かと話す時は一歩下がり、人の話に耳を傾けることもできる。突っ込み方もでしゃばりすぎず、その塩梅が絶妙。バランス感覚にとても優れた人だと感じる。

 その魅力はブームの時期のみならず、なんと何十年も続いてゆく。最近では、YouTubeで公式チャンネルもスタート。YouTubeの企画は毎回面白いので、更新が楽しみで仕方ない。

 とくに最近の中で一番面白かったのが、過去に声優として演じた「ハウル」になりきって、ジブリパークに行く時のもの。

 ハウルの動く城は、当時映画館で見に行った。あの頃、木村拓哉さんが声優としてハウル役を演じるということで、かなり話題になった記憶がある。あの時はハウルが喋るたびに、ソフィーをエスコートするシーンを見るたびに胸がときめいたものだ。

 今回のYouTubeでは、ハウルの声はそのままに「自然体の木村拓哉さん」が存在している。YouTubeでは気取らず、いつも自然体な彼。けれど思い起こせば、私がバラエティで見ていた頃の「木村拓哉さん」と何も変わってないことに気づく。

 アイドルグループに在籍していたころ、メンバーの中でも木村さんはバラエティというよりドラマで活躍していたスターということもあり、クールなイメージがあった。

 でも木村拓哉さんにフォーカスしてみると、昔から彼はずっと面白くて気さくな人だったのかもしれない。スター的なオーラとカッコ良さが強すぎるあまり、その面白さが霞んでいたのだろうか。あとは、私の部屋にあった「木村拓哉さん」が澄ました表情だったので、私が勝手に「クールな人」と思い描いていただけなのかも。人には一面のみならず、さまざまな表情がある。

 思い起こせば私は、木村さんのことをずっと勘違いしていたのかも。

 ロングバケーション。ラブジェネレーション、プライド、ヒーロー。あすなろ抱き。ベストジーニスト賞。ちょ待てよ。ゲッチュー。いつどんな時も注目を集め、誰よりもセクシーでカッコよくて、決めセリフもバッチリな人という認識だったけれど。

 もしかすると私は私の中で勝手に「キムタクのイメージ」を作り上げ、その中にいる「スター木村拓哉」を拝んでいたのかもしれない。

 これから先は、圧倒的なブランド力をもつ「木村拓哉」のフィルターを外した上で、彼が本来備えている魅力をじっくりと堪能していきたい。

 今は在籍していたグループも解散し、アイドルというより1人の「木村拓哉」として俳優、バラエティなどで活躍されている。

 ここ最近では「モニタリング」にて三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBEのコンサートにドッキリで登場したことも。

TBS公式チャンネルより

 その時に見て感じたのは、空気を把握した上で「自分はどう立ち回ればいいか」を瞬時に判断して、無駄なく動ける人といったところだろうか。ライブ経験者の視点で、変装もすることなくテキパキと会場で動くシーンを見て、改めてこの方は凄い方だなぁと感じた。

 そもそもライブの主役は、あくまで3代目のメンバー。だからこそ自分は裏方に徹し、観客を楽しませなければ。彼の立ち振る舞いには、長年スターとして君臨し続けている者ならではの凄みがあった。

 昨今では、木村拓哉さんの美しい娘さん2人も芸能界デビューを果たして話題になった。

 長年彼を「アイドル」として応援してきた女性から見ると、ある意味で複雑な心境になるのも、正直わからなくもない。実をいうと、私もあの瞬間「ちょ、待てよ」と思った。なぜなら、アイドルグループとして活動していた頃は、娘の「む」の字も出さない人だったから。

 そんな私も、ある日突然「娘が雑誌の表紙デビュー」というニュースを見た時は、衝撃のあまり空いた口が塞がらなかった。結婚して子どもがいるのは知っていたけれど。雑誌の表紙を飾る彼女は、目鼻立ちまでまるで彼の生き写しのように瓜二つ。そんな娘の姿を見た瞬間、ああ本当にお父さんなんだ……と受け入れざるを得なかった。

 今は、そんな木村さんも娘のインスタに登場することもあり、そんな彼を見てほっこりすることもしばしば。オフの日の木村さんはスターというより、隣の家のお父さんといった感じだ。ああ彼にも、オフの日があって。娘と肩を寄せ合ったり、犬を愛でる瞬間があるのだと。娘のインスタを見るなり、彼の新たな一面を知って優しい気持ちになれる。

 娘のいる木村さんに、徐々に慣れてきたのだろうか。慣れって、確かに怖いけど。「人を受け入れる」という意味で捉えると、それはとても素敵なことなのかもしれない。

 あの「抱かれたい男No. 1」な彼も、ジーンズや長髪がすこぶる似合っていた彼も、歳を重ねて父親となっていく。娘たちのデビューがきっかけかはわからないけれども、数年前よりアイドル的な要素よりも「父親の顔」が垣間見れるようになり、肩の荷が降りたというか。表情が優しくなった気がする。

 挑発するような目線で、キリッとしたポスターの彼が、歳を重ねるごとに柔和になっていく。50代、60代と、これから彼はどんな顔を見せてくれるのだろうか。そういえば、これまで木村拓哉さんが父親役を演じることってなかった気がする。賛否両論はあるかもしれないけれど、私はそんな彼も見てみたい。時代を彩ってきた大スターの活躍に、今後も目が離せない。

【完】

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