人目を気にしてCLAMPが好きと言えなかった、あの頃の自分へ。好きなものは、正直に好きと言っていい
あなたは、東京がきらいですか?
どこか衝撃的なフレーズから始まる漫画を、みなさんはご存知だろうか。その作品は、女性4人グループの漫画家集団「CLAMP」の初期代表作である「東京BABYLON」である。
実は私自身、CLAMPが4人組グループというのも、つい最近知った。勝手な憶測で申し訳ないが、西川貴教さんがTMレボリューションと名乗ってる感じで、作家のペンネームと思っていた。まさか、ユニットだったとは……。
現時点で、CLAMPさんの作品で目を通したのはこの作品のみ。ただ、この作品が好きすぎるあまり、中学の頃に全巻購入した。何度も何度も読み直したため、セリフもほぼ一字一句覚えている。
あんなに大好きな作品の割には、「東京BABYLONが、私は大好きです」と、私が人前で話すことはなかった。理由は、まだ多様性が話題にならなかった30年前だったからだ。
あの頃、クラスの一部の女子の間で、東京BABYLONは圧倒的な人気を誇っていた。
「だって、昴流がさぁ」
「北都ちゃん、かわいいよねぇ」
東京BABYLONは、陰陽師の皇昴流が双子の姉である北都と、東京で次々と起こる事件を解決するストーリー。昴流を支えるのが、暗殺集団の跡取りでもある桜塚星史郎である。
東京BABYLONには、昴と北都という双子が登場する。この漫画が好きな女子たちは、こぞってその2人の名前をあげていた。会話から漏れる内容も、もはや登場人物がお友達感覚。
私も、東京BABYLONを読んでいた頃、繊細で律儀な昴流くんに対して「クラスにこんな子がいたらいいな」と感じていたし、明るくて親しみやすい北都ちゃんに関しては、もはやなんでも話せるマブダチだと思っていた気がする。
確かに、あの漫画はセリフにも血が通っているものばかりで、キャラクターがまるで生きているかのようにリアルだった。
正直、東京BABYLONの話について、私も彼女達と存分に喋りたい。私も、あの作品に関しては何十回も読み返しているので、濃いネタを話せそう。
でも、それはできなかった。理由は、私が「周りの目」を気にする弱い人間だったからだ。
当時の私は、比較的「やんちゃなグループ」にいた。属に言う、カースト制度上位の女子グループといったところだ。
とは言うものの、自分はやんちゃではなかったので、1人浮いていた。中途半端な奴の癖に、ちょっとスカしてしたのだ。
案の定、最終的にクラスメイトの男子たちに虐められることとなる。虐められると言っても、発音がうまくできないことを揶揄される程度だったけれども。
やんちゃで可愛い子が多いグループの中に、地味で可愛くない女が1人いたので、気に入らなかったのだろう。
だったら、最初からカッコつけなければよかったのに。今ならそう思うけど、あの頃は私も生きるために、はみ出さないために。精一杯だった。
あの時代、私のクラスで男女ともに人気があった漫画は、スラムダンク。今日から俺は。ヤンキーが多い学校だったので、不良が登場する漫画は基本的に人気があった。
また、不良が出る漫画を好きといえば、ちょっと自分に箔がつくというか。強くなった気にもなれた。
やや一部の女子には、幽☆遊☆白書も人気だったが、あまり話題にはのぼらない。
正直いえば、幽☆遊☆白書も人気があった。ただ、漫画のタッチがあのクラスでは「やや、漫画オタク向け」と評価されていたため、こっそり楽しむという人が多かった気がする。
1人だけ、私の周りで幽☆遊☆白書の熱狂的なファンがいた。彼女はクラスでも可愛いと評判で、明るくて人気があったように思う。
あの子はいつも、「私は、これが好きなの」と、ニコニコしながら嬉しそうに話していたっけ。誰に何を思われるかよりも、自分の気持ちを大切にしている女の子だった。
一部では少し変わった子と揶揄されていたが、それらを凌駕するほどアイドルみたいに顔が可愛いかった。目が大きくて、抜群に顔が整っている。けらけらと笑う表情が可愛くて、男女ともに魅了していた。
あの時代にAKB48がいたならば、勝手に彼女のプロフィールを友人として応募していたかもしれない。ルックスの良さだけではなく、愛嬌もあってまさにアイドル要素が満載だった。
そんな彼女は、幽☆遊☆白書の飛影が大好きだった。いつも、まるで飛影がそこに生きているかのように、彼のことを嬉しそうに語っていた気がする。あの子は、漫画の人気キャラクター「飛影」のカードを毎日持ち歩いていた。
飛影のことを話せば、顔をぽっと赤めていた。好きな飛影のことを語る度に、彼女の可愛さはより一層レベルアップしていく。
周りの子は、そんな彼女にどう対応していいかわからず、ちょっぴり苦笑い。それでも、彼女はみんなから愛されていた。
あの子みたいに、私もまわりを気にせず。好きなものを好きといえたらいいのに。確かに、あの子のことは羨ましいけれども。あの子のような自信が、私にはまだなかった。
そんな私のいるクラスで一部の女子にカルト的な人気を誇っていたのが、CLAMPの東京BABYLONだった。
東京BABYLONには、一部BLを彷彿させるようなシーンがある。多感なお年頃の女子からすれば、BL作品はどうしても誤解を招きやすい。
やんちゃなクラスメイトの女子たちも、決して悪気があった訳ではなく。ただ、作品を読まずにイメージで批判していただけ。
「あの子たち、ホモの作品読んでいるよ」
誰かがそう言った時、耳がぞわっとした。どうして、そんな一面だけ切り取って、そんな風に言えるのだろうか。
あの作品は、そもそも全てがBLという訳ではない。いじめ、宗教、BLなど。当時では難しいテーマに、真正面から切り込んだ作品だった。
難しいテーマを作品に入れる時、丁寧に扱わないと批判も起こりやすい。この作品は、どの問題も丁寧に扱っていたと思う。
テーマ云々以上に、圧倒的に美しいコマ割りと、繊細なイラストの数々。世の中に、こんなに美しくて儚い漫画があるんだと。衝撃だった。
でも、あの頃の私はとってもズルかった。除け者にされたくなかった。同調はしないが、反論もしない。自分が実は全巻所有していることも、彼女たちには内緒にしていた。
そんなことを言おうものなら、明日からクラスの除け者だ。
東京BABYLONの漫画は友達だけでなく、親にもバレないようコソコソと買い集めていたほど。今振り返れば、あの頃の私は必要以上に、人目を色々と気にしすぎていたように思う。
親が買い物してる間に、部屋の隅でこっそり東京BABYLONを読み耽る日々。エロ本に手を伸ばす男子中学生の心理が、ちょっとだけ理解できた気がする。
あれから、30年以上もの歳月が経つ。私は45歳になった。
先日、東京を観光していたら、ふと見慣れたイラストの旗が街中に溢れているのを発見。どの旗にも、CLAMPの人気キャラクター達のイラストが描かれていた。
そういえば、SNSで話題になっていたっけ。CLAMP展。CLAMP展とは、デビューから現在までの漫画原稿を中心に展示した原画展のことである。
↑イベント公式ページはこちら
私は思わず、「CLAMP展!Twitter(今はXだけど、 Twitterと呼んでしまう)で、そういえば話題になってたっけ!」と、その場で叫ぶ。
夫はそんな私をみるなり、「行こう!」と乗ってくれた。実はこの日、朝に私たちは大喧嘩をしている。
理由は些細なことで、衣類の上に私が座ってしまったのが原因。ただ、私からすれば些細でも、彼からすれば「衣類の上に座るのは御法度」だったらしい。お陰様で、夫からめちゃくちゃ叱られた。
でも言いすぎたと反省したのか、その後は妙に優しかった。その流れで、行く予定のなかったCLAMP展へ行くこととなった。
CLAMP展では、トーンの貼られた原稿が多数飾られていた。なかには、セリフが手書きになっているものもあった気がする。
三連休の真ん中ということもあり、多くの人でひしめき合っていた。カラー原稿はNGだが、モノクロ原稿は基本的にほぼ撮影がOKだったのには驚く。
過去に他作品の原画展に行ったことがあるが、基本的に原稿の作品は撮影NGなケースが多い。
太っ腹だなぁと思うと同時に、著作権などの問題もあるだろうし、SNSにあげていいものか悩んだ。そこで、この記事では漫画作品の写真をアップせず、撮影ブースのもののみアップしている。
会場の順路はとくに決まっておらず、好きな作品を1番に見てもいいという感じだった。
会場では、作品を作成するにあたり、辛い時はグループで支え合っていたというエピソードなどなど。クリエイターの方にも参考になるエピソードが、いくつか紹介されていた。
とくに印象的だったのが、締め切り前のこのエピソード。
私は今ライターとして活動しているが、1人で作業していると、どうしても孤独を感じてしまう。そんな時に、ふと励まし合える仲間がいれば心強いのかなと思えた。
これはあくまで、私の経験談であるが。女子が4人集まると、2人同士で派閥になったり、揉め事も起こりやすい。そんな中、4人でずっと支え合い、励まし合えたという絆が純粋に羨ましいと思えた。
会場に入るなり、夫はすぐさまブワーッと一目散に走り始めた。そういえば、夫は普段からスーパーの半額セールになると、駆け出す癖がある。
「あった!あった!東京BABYLON」
ダッシュして、夫が戻ってきた。なお、会場内で走っているのは彼くらい。基本的に人がギュウギュウなので、走るのは危ないし、おすすめはしない。
どうやら夫は、私の好きな「東京BABYLON」の漫画コーナーを探しに行っていたらしい。いや、正直そこまでしなくても……。それに、会場内で走っていたら、周りにも迷惑がかかるだろうし。
そんなことをブツブツ言おうとしたら、ゼエゼエと息を切らしながら「東京バビロン!会場の中央あたりにあったぞ!今、そのブースの前は空いているから、大丈夫。あんた、行きな!」と、夫が言い始めた。
そこまで焦らなくても、大丈夫。多分、東京BABYLONは逃げない。
それでも夫からすれば、嫁のためになんとかしたかったのだろうか。このあたりの価値観は、結婚前から少しずれ続けている。周りに迷惑さえかけなければいいのだが、少し複雑だ。
東京BABYLONのブースに行くなり、あの頃の記憶をふと思い出す。
漫画の1ページにある「あなたは、東京がきらいですか」のフレーズを初めて見たあの頃、私は東京といえばディズニーランドくらいの認識でしかなかった。のちのち知ったが、ディズニーランドも実は千葉にあるらしい。
あの作品には、東京のどろっとした怖さがギュッと詰まっていた。東京って、こんなに怖いところなんだ。知らなかった。もちろん救いのあるメッセージも多いけれども、中学3年生の私には衝撃すぎて若干トラウマもあるほど。
それでも、何度も読み返したくなる面白さだった。
私は同性愛者じゃないので、BLについて理解がある訳ではないけれども。あの作品を見て、世の中には、私の知らない愛の形があるんだろうなと思った。
人間は、ついつい自分と違う属性のあるもの、意見の異なるものを排除しようとしてしまいがちだ。もしかすると、同調することで安心したいし、救われたいのかもしれない。
でも、それははたして本当に、自分を救っているのか。ただ、視野を狭くしているだけではないだろうか。
世の中には、いろんな価値観が眠っている。知った途端、拒絶すれば最後。その世界を知ることは、心を改めない限りできなくなる。
視野を広げたいなら、その壁を取っ払っていくしか他ない。あの作品には、そのパワーがあったように思う。
気がつけば、私はあの漫画を全巻揃えていた。あの頃にしては、一冊あたりの値段はやや高めだったけれども。擦り切れるまで読んだので、元は取った。
昔は、この作品を好きだと声を大にして言えなかった。周りの目が気になったし、オタクと呼ばれるのが怖かった。
あの頃は、BL作品を好きと言えば、即オタクと呼ばれる時代だった。そしてあの当時、オタクと言えば森高千里のフィギュアを抱える宅八郎さんだった。
あれから何年か経ち、日本は多様性を掲げる時代へ。そうは言っても、いまだに好きなものを自由に「好き」と言える時代になった訳ではないけれども。
ただ、SNS戦国時代になったことで、一人一人が「これが好き」と言いやすくなったよね。炎上する危険もあるけど、それは悪くないんじゃないかと思う。
あの頃の私は、好きなものを好きと言えなかったけれど。大人になった今、世間体を気にする必要はなくなった。
だからこそ、好きと思ったものは純粋に「好き」と、伝え続けていきたいと思う。
そう、自分が自分らしさを失わないために。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?