最高の晩餐#1 渡り蟹の鍋とチダイの昆布締め
8月最後の日。
台風の影響で天候は荒れ、朝は蒸し暑かった。
わたしはいつも朝ご飯を食べない。
だから朝からお昼ご飯と、夜ご飯のことを考える。
〝今日の夕食は冷たい蕎麦が食べたい気分〟
でも夜になればラーメンが食べたくなるかもしれない。
仕事が終わったらまたパートナーと相談して決めよう。そう思って仕事に向かった。
「わたしは冷たいお蕎麦が食べたい気分だなぁ。でももしかしたら夜になったらラーメンが食べたくなるかもしれない。」一応そう伝えて玄関の扉を閉めた。
一緒にいる時は大抵パートナーが料理を作ってくれる。
わたしの方が仕事からの帰宅時間が遅いので、作って待っていてくれることが大半だ。
わたしがただ食べるだけでは勿体無いくらいの腕の持ち主。
だから感謝の意を込めて、その腕前を記していこうと思う。
一応わたしの名誉のために記しておくと、料理は好きだし一通りは作ることが出来る【はず】。
しかしパートナーの腕前には敵わない。
喜んで料理をしてくれているのだから【はず】、喜んでそのご厚意を受け取る。
そしてわたしは美味しかった感謝をこめて、食器の洗い物をしてお返しをする。
仕事が終わると大気の状態は悪化し、土砂降りの雨となった。
仕事中に「一緒に買い物に行って、夕食を決めよう。スーパー前で待ち合わせね!」
そうLINEで約束した。
バスから降りると、パートナーは土砂降りの雨の中、停留所で傘をさして待っていてくれた。
スーパーに入っていれば濡れなかったのに。
基本的にわたしに優しい人なのだ。
仕事で疲れたわたしは笑顔に癒されながら、こんなことを考えた。
まるで土砂降りの雨の中で、猫バスを待ってるトトロの話しみたいだ。
わたしが乗っていたバスは、どんな風に見えただろう。
スーパーに着くとパートナーは「今日はお蕎麦が食べたいんだったよね。その気持ちはかわらない?」と訊いた。
雨に濡れたわたしは、冷たい蕎麦が食べたい気持ちは少しもなくなってしまっていた。
だからってラーメンの気分でもないのだ。
そう伝え、夕食を考えながら店内をまわった。
パートナーは渡り蟹を見つけて、「よし、これでなんかしよう。」と言った。
わたしは「いいね!」と言って、何を作るんだろうと蟹を見ていた。
その渡り蟹は北海道産で半額になっていた。
パートナーはなるべく国産の物を選んだり、フードロスを減らすためにこうして半額のものを選ぶことが多い。
わたしもそのようなこだわりがある為、一緒に買い物する時は心地が良い。
「蟹のパスタと蟹鍋どっちがいい?」
パートナーはそう訊いたので、わたしは即答で「蟹鍋!」と答えた。
雨で濡れた服が、スーパーの冷気を浴びて寒くなっていたから。
そうと決まれば鍋に何を入れるのかを相談して、買い物かごに入れた。
牡蠣や鱈を入れたかったが売っておらず、鶏の手羽元に変更。
鍋に入れる具材は育った家庭によって違うようだ。
「油アゲを入れたい!」と言うと、パートナーは「へっ?」という顔をしていたが、入れることにした。
パートナーは「ちくわぶを入れたい!」と言うので「おでんみたいで美味しそうだね!」と、かごに入れた。
他には鰯のつみれ、豆腐、しめじ、干し椎茸、白菜、葱。
家に帰ってシャワーを浴びていると、大半の下拵えをしていてくれた。
「蟹はふんどしを取って、別の鍋で湯がいて、出汁をとるからね。」そう解説して見せてくれた。
鶏肉を煮た出汁に蟹出汁をドッキングした。不味いわけがない。そして、〝とり野菜みそ〟で味を整える。石川県の味噌だ。
野菜やつみれをグツグツにて完成!
一口食べて「うまーーっ!!」と声を揃えた。
冬は疎か、秋も待たずに鍋を先取りした我々は、鍋について熱く語り合った。鍋は野菜がたくさん食べられるところが素敵だとか、鍋の白菜や葱は神がかっているだとか。
「わたし、手羽元の骨の先のコリコリしたところが【軟骨】好きなんだよね。」と言うと、「わかるわぁ。俺もケンタッキーの軟骨ガリガリ食べちゃう。」と言っていた。
「アゲは入れたことが無かったけど、美味しいね!」
さっきは「へっ?」と言わんばかりの顔をしていたが嬉しかった。
「アゲはキムチ鍋ならもっと最高!!」
「あー!それは絶対美味しいね!」
「ちくわぶも美味しかった!〆のうどんと同じだね!」
「うん、俺も初めていれたけど美味しかったよ。」
鍋はその人の文化を語れる食べ物だ。
わたしは感謝の気持ちをこめて食器を洗った。
「ご馳走様でした。美味しかったです。」
次の日も一緒にご飯を食べた。
鍋の残りに鶏ガラ出汁を加え、重ね煮という野菜蒸しを足してスープにしてくれた。
ツミレとアゲとちくわぶは、魚グリルで炙って生姜醤油で。
胡瓜の酢の物に、モロヘイヤとひじきの白出し和え。胡瓜は味が染みやすいように蛇腹切りにしてあった。
1番驚いたのは、スーパーで売られていたチダイを昆布締めにしてくれたことだ。
昆布で刺身を挟んでラップに包み、半日冷蔵庫で寝かせておけば完成。
これは能登で暮らしていた時に、地元の漁師さんから教わったらしい。
箸から伝わる感触は、まるで生ハムを思わせた。身が締まり、醤油をつけなくても昆布の旨みが魚に染み渡り美味しかった。
パートナーが作るものはすべて美味しい。
天才だ。
そしてわたしは現在、トマトサワーにハマっている。大好きなトマトの缶チューハイを箱で大人買いしてくれていた。
「わぁぁぁ!!なにこれーーーーー♡」
わたしはもう完全に胃袋を掴まれている。
これはもう食器をピカピカに磨き上げるしかない。
感謝。
ありがとうございました。
ご馳走様でした。