第9回 ダニング=クルーガー効果と伝聞表現記事の信頼性、酵素ドリンクのうそ
お客様「お前のところの食品は、化学物質を使っているのだろう!!!」
私 「ちょっと何を言っているのかわかりません」
こんな会話を、食品の安全性に強い興味をお持ちの方と2時間ほどした昔話を思い出しました。
前回の記事では、発酵や微生物について語る一部の専門家や研究家の発信について、ダニング=クルーガー効果が関係しているのではないか、という視点をお話ししました。その背景や問題点について少し掘り下げてみたいと思います。
情報が簡単に手に入る時代だからこそ、正しい知識や情報発信の重要性を考えるきっかけになれば幸いです。
ダニング=クルーガー効果とは?
ダニング=クルーガー効果とは、知識や経験が不十分な人ほど自分を過大評価してしまう心理現象を指します。
たとえば、何か新しいことを始めたばかりの人は、知識やスキルが不足しているにもかかわらず、その不足に気づけないため、自信を持って情報を発信してしまうことがあります。
一方、ある程度経験や知識がある人は、自分の理解の限界や不確実さに気づくため、「本当に正しいか確認が必要だ」「まだ勉強が足りていないのではないか?」と慎重になります。結果として、自分を過小評価しがちになり、情報発信にも消極的になる傾向があります。
さらに、知識が豊富な人ほど「常識的に考えればわかることだろう」と判断し、あえて指摘せずスルーしてしまうこともあります。
この効果は、知識レベルによって自己評価に偏りが生じることを示しており、情報の受け手としても注意が必要な心理現象です。
例: 発酵生姜
発酵生姜について、SNSでよく見かける作り方には安全面で多くの疑問が残るため、過去に2回に分けて記事にしました。現在、安全に作るための方法を試行錯誤しており、解決の目処は立ちつつありますが、正直あまりオススメはできません。
なぜかというと、微生物を研究している立場からすると、自分で作った発酵食品ほど怖くて口にできないものはないからです……。
具体的には、「泡を作る微生物」が安全な乳酸菌や酵母であることを証明するには、16S rDNAまたは23S rDNAのITS領域の塩基配列を解析する必要があります。これにより、微生物の種類を正確に同定(推定)できるからです。
しかし、この手法には費用がかかるため、私は実施しません。したがって、現状ではその微生物が本当に安全かどうかを証明することはできないのです。
情報の信頼性を見抜く:伝聞形が危険な理由
せっかく良い情報を発信しようとしても、表現が稚拙では信頼性を損ないかねません。特に「〇〇らしい」「〇〇だそうです」といった伝聞形の表現は注意が必要です。
伝聞形の危険性
食品、美容、ダイエット、腸活、発酵といったテーマのSNSや記事では、伝聞形が多用されがちです。こうした表現は一見柔らかく情報を伝えているように見えますが、情報の出所が不明確で、根拠が薄いことがほとんどです。発信者自身の経験や知識に基づいていないため、責任を回避しつつも、読み手に誤解を与えやすく、結果的に誤った知識が広まる原因となります。
独自の用語や矛盾した表現に注意
さらに、「独自の用語」や「矛盾した造語」が使われる場合は要注意です。例えば、「ビフィズス菌は乳酸菌である」という誤りはすぐに気づける人が多いでしょう。
動物性ミネラル(造語)
しかし、もっと曖昧で独自性を帯びた用語、「動物性ミネラル(造語です)」といった表現はどうでしょうか。おそらく「動物由来のミネラル」と言いたいのでしょうが、科学的には動物は鉱物や無機質ではありませんし、ミネラル(Na, K, Ca, Feなど)は無機質そのものです。「動物性」という言葉を組み合わせることで、あたかも特別な何かであるかのような印象を与えてしまいます。
化学物質
同様に、「化学物質」という言葉も誤解を招きやすい表現です。私たちは水や食塩、アミノ酸、糖などあらゆる物質が「化学物質」であると学びました。しかし、こうした言葉が使われるとき、多くの人は「自然界には存在しない人工的なもの」、「人工的に合成した」、「ヒトが精製などに関与した」物質を指している場合が多いでしょう。こうした曖昧な使い方では正確な議論ができず、誤解を生む原因になります。
酵素〇〇、酵素ドリンク
「酵素」は生体内で重要な働きをするタンパク質の一種であり、生体触媒として知られています。ただし、多くの酵素は60℃以上の高温で失活し、その機能を失います。また、酵素が胃に到達すると、胃液中のタンパク質分解酵素によって分解されてしまいます。言い換えるならば、お肉と同じように酵素も消化されてしまうのです。
そのため、一般的に「酵素ドリンク」に含まれる酵素は、体内に取り込まれるとただのタンパク質として扱われ、飲んだ後に酵素としての作用を期待することは難しいと考えます。
さらに、酵素は高温だけでなく、低温環境でも働きにくい性質を持つものが多く、保温温度が60℃を超えたり、15℃未満で凍結しない程度の低温下では活性を示さない場合があります。
この様な理由から、麹を糖化して作る甘酒は、50〜55℃で作ります。
正しい知識を発信するために
私は、義務教育から高校までは、生活の中で騙されないための最低限の知識を得る場であり、大学以上ではより専門的な学びを深める場と捉えています。
健康や栄養、食品に関する情報を発信する際には、正確かつ科学的根拠に基づいた表現を心がけることで、読者との信頼関係を築くことができます。
最後に
食文化は多様性を楽しむものです。互いの文化や背景を尊重しつつ、正しい知識を広めていきたいものですね。