【読書】「水底の橋」
以前、上橋菜穂子さんの「鹿の王」について書いた。
その続編となる「鹿の王 水底の橋」を、文庫版がもう出ているほど前(といっても昨年ではあるけれど)の作品だったにも関わらず、最近まで知らず、慌てて手にとって読んでみた。
続編とは言っても、直接ストーリーが続いているわけではない。
「鹿の王」で主人公の一人であった高度な医療技術を持つ貴人ホッサルが今回は単独主役。
彼は高度な医療技術を持ち、多くの人を助けることができる。
しかし彼の今いる世界では、輸血や他動物を経由した薬、血清などは穢れとみなし受け入れることができない。穢れては"常春の世"、いわゆる極楽や天国に行けないから。穢れを受け入れて生き残るよりも、清い体のままで常春の世に行きたいー 本流医師は治療もするが、末期には祈りを捧げ常春の世に送り出す宗教人でもある。
一人でも多くの命を救うために医療の発展を願い奮闘するホッサル、だが国の為政者、権力者の思惑一つでそれは簡単に崩れ去ってしまう脆いものでもある。
そんな中、本流医術の頂点に立つ権力者を選出する時期となり、強硬な反ホッサル派の筆頭人物が目されている。そうなれば、これまで培ってきた技術も知識も停滞か後退、最悪な場合は迫害を受けて消滅させられてしまうかもしれない。
様々な立場からの思惑と権謀が渦巻く中で知る本流医術の重大な秘密。誰を信じればいいのか、自分は何をすべきなのか。人の命とは、宗教とは、医療とはー。
"ああ、こうしてかつての医療人は様々な苦労をしながら、ただ一人でも多くの命を救いたい、その志を持って戦いながら発展させてくれたんだろうな"、と読みながらそう思うほどその世界はリアリティがある。
ホッサルの行う医療を嫌う人々だって、決して命を粗末にするわけではない。いろいろな立場のいろいろな考え方や価値観があり、自分が脅かされると感じればその相手に恐怖や、もしくは憎悪の気持ちを持ってしまう。集団になればなおさら。
医療そのものの話としてだけでなく、異文化や異なる価値観の交わりについても考えさせられるお話だった。それは決してお話の中だけでなく、私たちの日常に大なり小なり潜んでいる。
「水底の橋」とは、橋の下にある川に沈んだもう一つの橋。泥をかぶって緑の藻に覆われて、それでも対岸まで水底で繋がっている橋。
もう誰も渡らない、「橋」の役目を果たさない、けれどそれがあったから今の橋がある。今後ホッサルはどんな「橋」を作るのかー また続編が見てみたい。
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