
優しくないパリのメトロ
やたらめったら階段を上ったり下ったり、予期せぬ所に段差があったり、やけに歪曲していたり、狭かったり広かったり、暗かったり明るかったり、計画性をもって作られたとは到底思えないのがパリのメトロの地下通路だ。
出口や方向を示す看板はあるが、ひとつでも見落とすと迷宮に入り込んでしまう可能性もあるくらい複雑に通路が交差し、繋がっている。
体力があって俊敏な対応能力がある人には良いが、年寄りや子供、虚弱体質だったり大きな荷物を抱えたりする人たちにとっては悪魔の屋敷ほどにも恐ろしい場所なのである。
以前にもパリのメトロについて書いたことがある。そこは路上生活者の溜まり場になっていたり、人通りが途絶えたすきに排泄をする輩もいる。何でもありの世界。私は死体に遭遇した。
久しぶりにパリに戻った私が一番辟易としているのがこのメトロの地下通路。しかも都会の人は歩くペースが速いので、その波に飲み込まれないように隅っこの方をテクテクと自分のペースで歩いていて、人ごみがサァーっと横を通り過ぎた後の『取り残された感』が半端ない。
やっぱ都会は性に合わんわ!ほんまにもぅ。
ブツブツ言いながら曲がりくねった狭い通路を進み、階段を上っては下り、下りては上る。そうしないと目的地には到達できない。
あからさまに不機嫌な顔になる。何が嬉しくて訳のわからん地下道の意味の分からん階段を上ったり下りたりしとるんや、私は!
早よここから出してくれ!
そんな不機嫌な状態のところへやってくるのが物乞いやスリ集団。ぼんやりとしてウカウカしていられないのがパリのメトロだ。
結婚してパリに住み始めた当初は、メトロ構内の物乞いたちの多さに心を痛めていた。みすぼらしい格好をして「pour manger pour manger」と通りがかる人々にお願いして回るなんて。。。こんな貧しい人たちを救う方法はないものか、と真剣に考えたこともある。
だが日が経ち、フランスの社会状況を理解するうちに、物乞いがビジネスの一環として行われることがあると気づかされることになる。ビジネス、つまり組織的な活動ということだ。
もしくはその日暮らしのあぶく銭稼ぎで、生活を立て直そうなど更々思いもしていない人もいる。薬物中毒者特有の目つきをしていたり、アルコールの臭いをプンプンさせている人にお金を渡したところでその人を救うことにはならない。
本当に心底救いを求めて物乞いをしている人は、通勤や観光客で混雑したメトロには現れないものだ。
特にフランスでは人道支援を行う団体が大小数多くあり、無料で食事をを提供したりカウンセリングを行っている団体もある。貧しさゆえにお腹が空いている人は、そちらへ行けばいい。
乳飲み子を抱えて物乞いをしている女性には、女性の人権を守る団体に保護してもらうことをお勧めする。
障害や病気、依存症などがある人にはそれぞれに救う団体が存在するので、そちらへ誘導してあげるのが良いだろう。
通りすがりの私たちが渡す僅かながらの小銭が一体どこの誰の何のために使われるのか、怪しまざるを得ないのが悲しい現状なのだ。
若いころの私は目に見えているものが全てだと思っていた。自分が見聞きしたことが正しいと思い込んでいた。
カラダ一つに目は二つしか付いていないし、脳みそも一人ひとつしか備わっていない。そんな人間がポツネンと突っ立って辺りを見回しただけでそれが世界の全てだと思ってはいけないのだ。
メトロにはスリも横行している。犯人はわかっている。いつも同じ集団だからメトロに乗り慣れている人はみんな知っている。その顔ぶれをチラリとでも見かけたら、皆警戒するのだ。
でも知らない人や、気を抜いて気づかなかった人は格好の餌食にされる。大事なものをかっぱらわれる。
それがパリのメトロ。
ウカウカとしては乗っていられない。
それがパリのメトロ。(2回言ったよ)
来年、2024年にパリでオリンピックが開催される。もちろんパラリンピックも開催される。
パリのメトロは身体的障害者にまったく優しくない。複雑に入り組んで階段以外の選択がほとんどない地下通路は、地方でのんびりと生活していた私にさえも全然優しくないのだ。
今私が上り下りしているこの階段以外に、ベビーカーや重い荷物を持った人、はたまた車椅子専用のシークレット通路がどこかにあるとでも言うなら教えて欲しい。
オリンピックへ向けて、乗り換えの多い大きなハブ駅では新しくエレベーターの設置がされたりしているが、数多くあるその他の駅は未だ開通当時と変わらぬ姿のまま現役で使われている。
よく言えばレトロシックでおしゃれ。率直に言うと古臭くて不便。
あぁ、パリのメトロよ!
私の嫌いなものがギュッと詰まった呪いの箱よ!
あんたが嫌だから私はパリを離れたのよ、と言っても過言ではない(ってこともない、もちろんそれは言い過ぎ)
パリのプライドだか何だか知らないけどさぁ、そんなつんけんしてないでさぁ、もうちょっと人に優しくなれないものかねぇ。