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2024年3月 インド旅行記④ リシュケシュ編 リトリートという名の修行

インド滞在4日目の記録


朝の散歩

リシュケシュ郊外のあるヨガアシュラムに滞在し、初めての朝を迎えた。

昨夜は部屋の壁にイモリだかヤモリだかトカゲだかよく分からないものがいて、危害を加えて来ないことは分かっているけれど、なんだか気になってしまいよく眠れず(基本、環境が変わるといつも眠れない)。

ようやく寝付いたが、今度は朝の4時ごろ目が覚めてしまい、二度寝できず諦めて早起き。

リトリートのスケジュールによると7時からハイキングとのことだったので、早起きして暇だったから、昨日まで着ていた服をせっせと洗濯したり、メイクしたりして身支度。

昨日いたスペイン人の団体さんは今日帰るとのことでハイキングに参加せず、最後に挨拶だけしてお別れ。

昨夜のディナーと同様に、ドイツ人の女子大生Jさんと私の2人だけで出発前にお茶をいただき(毎回ミルクなしでと頼む)、ハイキングへ出発。

昨日とは違う若いガイドの男性(ヨガ施設で働いているインド人)は物静かなタイプで、ごちゃごちゃと説明しすぎずに適度に放っておいてくれるのが良かった。

施設から公道に出て5分ほど歩き、ガンジス川の方へと降りていく。

河川敷を歩く

Jさん(ドイツ人女子大生)が、私の持っていたユ〇クロの小型ショルダーバッグを見て、「私も同じの使ってるの!!」と嬉しそうに言ってきた。

見ると、Jさんは私のと全く同じ型の色違いを使っていた。「わ~!ほんとだ!!」と盛り上がる。

そこからユ〇クロトーク。Jさんの住んでいる街には店舗がないため、時々もっと大きな街へと買いに行くらしい。

ドイツにもユ〇クロがあることは知っていたが、若くおしゃれな女性の心を掴んでいたことをリアルに知り嬉しい。

ちなみに、幾らだった?と聞くと、16ユーロくらいかな、と言っていた。

だいたい1ユーロ170円換算で2,700円くらい。私は普通に日本で買って1,500円。なるほどね。

このあたりのガンジス川は澄んでいてとてもきれい。流れもゆったりだったので、思い切って靴と靴下を脱いで、足だけ水に入れてみた。冷たくて気持ちが良い。

ガンジス川というと、沐浴のイメージが強い。なぜ沐浴するのかというと、ヒンドゥー教の考え方には、聖なる川であるガンジス川の水に入って身を清めることで、すべての罪を洗い流すことができるというものがあるかららしい。

ただ、政府の調査によると、巡礼者が川で沐浴するのは危険でもある、とのこと。最大で基準値の23倍の糞便性大腸菌が検出されたとのデータもあり、汚染が深刻であるからだ。

もちろんそれは下流の方の地域だろうし、私が行ったヒマラヤに近い方では汚染されるタイミングもなさそうではあるが、慎重で臆病な私は膝より上を川の水につける勇気がなく、脛のあたりまでにしておいた。

私の罪は5分の1ほどだけ、清められたのかな。

遠くに見えるのはバンジージャンプ

インドのヨガ

ヨガ資格を取るコースにいるJさんとはここから別行動となり、私はアシュタンガヨガのクラスへ。

普段はリラックス系のインド系ヨガと、陰ヨガばかりやっていて、アシュタンガはそもそも初めて。ハードなイメージがあるけど大丈夫かな。

今日のリトリートの客は私だけなので、プライベートレッスン。ラッキーなような、怖いよいな。

先生は、THEインドのおじさん(とは言え同世代か年下かも)って感じのターバン巻いてる人だった。すごい目に力のある人。

最初のウォーミングアップのあたりから、すべての動きに「きちんと!きちんと!」と大きな声で言われる。私の知っているヨガでは、決められた形を「きちんと」取ることよりも、心身の声を聞きながら、その時の自分にとって最適な形を選んでいくことが優先されていたから、準備体操の動きから既に決められた「型」に自分を当てはめることを重要視されていたことに大変驚いた。

もうちょっと首をストレッチしたかったんだけどな・・・。その後も、全体を通して緊張感が凄まじく、どのポーズも私の身体的な特性を無視して、決められた型を優先するような指導。しかも男性的な動きが多く、内容的にも私にとってはめちゃくちゃハードで、どうにかついていけたものの、とてもキツかった。しかも、強いインド訛りの英語が非常に分かりづらい。

また、太陽礼拝では、普段やっているタイプとスタートの形から違っており、知らずに普段やっている方法で始めてしまい、思いっきり怒られる。そして最後まで「きちんと!きちんと!」と言われ続ける。なかなかレアな体験ができた。

ヨガの後、Jさんとまた2人で朝食を食べ、お互いの文化では朝食になにを食べるか、とかいつもお昼ごはんはどこでなにを食べているかといった、平和な話。

私は幼いころドイツに少し住んだことがあり、その後も3回ほどドイツに旅行に行っているので、彼女の持つ文化での食生活については馴染みがあり楽しい。ハムやチーズ美味しいよね!ドイツの黒いパンは子どもの時は苦手だったけど今は好きだな、みたいな具体的なことを言えて良かった。

Jさんは身長190センチほどもあるモデルのような女性で、今時の若い子というおしゃれな雰囲気だが、話すと結構素朴なところもあって可愛らしい。

そもそも年齢が倍くらいの私とこんなにフレンドリーに話してくれるのがありがたい。

みかんのような柑橘系のフルーツを見て、「ドイツではこれを秋から冬にかけて食べるの!懐かしい香り!」と言っていたのが可愛かった。

ドイツの有名なバスソルトの会社ク〇イプを思い出して、「リンデンバウム(菩提樹)のこと?」と聞いてみると、そうそう!と嬉しそうにしていた。

この施設のスケジュールはどんどん予定表より遅れていき、朝食時に既に1時間ほどズレていた。昨夜の夕食は予定より2時間ほど後ろ倒しだった気がする。

この日のスケジュール表、あまり意味ない

日本にいる時は遅刻をしないようにといつもピリピリ緊張している私もインドののんびりペースに慣れてきており、気が付いたらインド人以上にマイペースに行動していた。これが本来の自分なのかな。日本では結構無理していたのかなと思う。

朝食後、部屋で少し休憩していると、なんだか凄まじい頭痛が出てきた。私の人生史上最大級の頭痛かもしれない。

これからアーユルヴェーダのマッサージなのに、と思い、とりあえず日本から持ってきた鎮痛剤を飲んで着替える。

アーユルヴェーダマッサージと昼食

アーユルヴェーダの施術は専用の別棟の建物で受ける。
最初に体質チェックやコンサルテーションがあるのかな、と思ったが、いきなり全裸で紙のパンツ1つになり、施術台へ。

体質によって合うオイルも違うんだけどな、と思いながら、まな板の上の鯉のような状態に。セラピストはまぁまぁ上手なインドのお姉さん。英語がほぼ分からないので私の体調面の説明は無視。薬が効いて来て頭痛もおさまってきたから良いけれど。

前半1時間はボディマッサージ、後半1時間はシロダーラ。日本で受けたらこれだけで25,000円くらいだと思うのでお得ではある。

終わって部屋に戻り、大量のオイルでべたべたになった髪を洗うと猛烈な眠気に襲われる。まだドライヤーで乾かさないうちにベッドに倒れ込むようにして寝落ち。

先程の頭痛といい、なんだか体調の変化が激しすぎる。そもそも寝不足だし。

濡れ髪のまま30分くらい寝ていると、ドアをノックされて起きる。ランチの時間らしい。

もういいや、と思い、ぼーっとしながら濡れ髪&すっぴんメガネでパジャマのような恰好でランチに行くと、新しく到着した人たちがたくさんいた。

私の第一印象、最悪だ。

国際交流

私がアーユルヴェーダをやって昼寝をしている間に人が一気に増えており、いつの間にか2人のイタリア人(スペイン南部在住のBさん、アイルランド在住のVさん)、2人のアメリカ人(テキサス在住のAさん、インド出身のPさん)とその友人のインド人(ムンバイ在住のHさん)、計5人が加わり、ドイツのJさんと私を入れると7人になった。

寝起きで日本語でも会話がままならない状態であったが、ここで輪に入らないとあと3日後悔するだろうな、と思った。

アーユルヴェーダのマッサージ受けたら眠くなっちゃってさっきまで寝てたの、はははぁ~という挨拶をし、どうにか会話に入る。

出身地と在住地、国籍、名前くらいの軽い自己紹介を順番にし、あとはこの施設に来るまでのインドでの観光のことなど。2時間ほど話していた。

誰もいきなり個人的なことを言ったり聞いたりして来なかったので気が楽だった。このあたりは日本人の方が初対面でもグイグイ聞いたりする。職業とか結婚してるか、子どもはいるか、など。言いたい人は言えば良いけれど聞かれるのは好きじゃない。少しずつ開示すれば良い。

その後、新しく来た皆は昨日の私と同じように護摩炊きのような火の儀式と山中の寺院へ。

私はまた1人でヨガのクラス。今回はハタヨガだから馴染みがあるし、もう少しリラックスできるかなと思った。

しかし、ブルーノ・マーズ似の若い男性の先生はやはり結構厳しく、朝と同様に「きちんと!きちんと!」と言われる。で、やはりなかなかハードな内容だった。

面白かったのが、ポーズのキープをカウントする時に、「5!4!3!2!1!」で解放かと思いきや、そのまま「1!2!3!4!5!」となり更に「5!4!3!2!1!」と戻ったりすることがあること。たまに無限に続く。

先生は、えっ?となる私の反応を見て楽しんでいるようにも見えた。ヨガのスタイルとしては、午前中のアシュタンガとあまり変わらないようにも思えた。

後日、いつもお世話になっている日本のヨガの先生にその話をすると、インドのヨガは名前が違っても中身は同じことが多いとのこと。そして、リラックスというよりビシバシとハードにやるのも普通であるらしい。先にそれを聞いておけばよかった。

私の泊まったコテージ

宇宙と繋がり、ハイヤーセルフと出会う瞑想

ヨガが終わり、お寺に行っていた他のみんなとも合流すると、また新しい人達がいた。

南アフリカから来た母と娘だ。これでメンバーは9人になった。

南アフリカの方とお会いするのは初めてだったので私は興味津々。母も娘も肌の色がいわゆるブラックの方々という感じで濃かったので、アフリカ大陸に代々住んでいる方なのかなと思っていたら、実は4代上の世代がインドから奴隷として連れて来られた人の子孫だということ。

娘さんの祖母の世代(お母さんの母)までが南アフリカでは奴隷という身分で扱われており、住む場所なども居住区に制限されていたらしい。

頭の奥の奥にしまい込んでいた世界史の知識を引っ張り出して情報を整理しながら、事情を理解する。

20世紀初頭、イギリスの植民地だったインドでは、現地の人たちが黒人奴隷と同等の扱いを受けており、南アフリカの労働力となった人たちもいた。その後も1994年のアパルトヘイトの制度のもと、白人(1980年に人口の15%、イギリス系、オランダ系など)、アジア人(1980年に人口の3%、中華系など)、カラード(1980年に人口の9%、先住民族やオランダやイギリスの植民地から奴隷として連れられて来た人や混血。インド系はカラードの下位グループだったが、のちの法改正でアジア人へ変更)、黒人(1980年には人口の73%、最大勢力)から成る民族集団はそれぞれ強い民族的アイデンティティーを持ち、お互いを分類しながら生活。インド系に限定的に参政権が認められるのは1983年になってからのことであり、アパルトヘイト撤廃後も昔ながらの居住区に多くが住んでいる。

wikipediaより要約、抜粋

今回のインド旅行は、お母さまの先祖の地を見てみたいという長年の夢であり、娘さんを伴ってはるばる南アフリカからやってきたという。

ティータイムの後は夕方の瞑想の時間。
Deekshaという儀式のような瞑想で「白い服で」参加と書いてあったので、洗っておいた、昨日の火の儀式で着た服で参加。

他の人たちはその説明を認識していなかったようで、ムンバイ在住のHさんと私以外は普通の服だった。

昨夜、面談のようなお茶タイムを過ごしたオーナーのGURUが指導。

儀式に入る前に、幾つか説明や注意点を伝えられる。ここでもインドでは形式にこだわるなと驚いたのが、手を置く形と位置。

必ず手は手のひらが下向きになるようにし、膝の上に「きちんと」置くように、と強調された。手の形はヨガの用語でムドラーというが、親指と人差し指をくっつけたチン・ムドラーや、両手を使ったダイアナやマンダラ・ムドラーにはしないように、そして絶対に手のひらを上に向けないようにと言われる。

エネルギーの流れに影響があることが理由だが、日本では手は上でも下でも好きな向きと形でリラックスできることを優先させるような声掛けをよく聞くため、ここでもハードなヨガとの共通点を感じた。

そして、脚を組み替えるために一瞬手を離した私は慣れた形である、手を上向きにと、無意識に形を変えてしまった。その瞬間、GURUに名指しで怒られるという、、、ひぇ~。とにかく型に厳しい。

このメディテーションは、宇宙と繋がる&本当の自分の姿である、よりレベルの高い自分(ハイヤーセルフ)と出会うことを目的としており、とてもスピリチュアルな経験が出来たのは良かった。

脚が痺れて痛かったがそれも次第に意識から消えていき、雑念はほぼ浮かばず、普段はイメージ系の瞑想が苦手な私の脳内にも宇宙的なイメージがどんどん広がっていった。

意識はずっとあって寝てしまった記憶もなく、本当に魂がどこか遠くへ行っていたように感じる、とても神秘的な体験だった。

ラストはGURUが1人1人に「戻ってこい!戻ってこい!」と呼びかけながら(基本すべて大声)魂を現実世界に呼び戻し、額に黄色と赤い印をつけた。第3の目を作ってくれたという認識だ。

そこに居た全員の魂がそれぞれ遠い場所に行っており、最後は順番に戻ってくるという不思議な一体感もあり、心が満たされる瞬間だった。

儀式の終わりにGURUからまた注意事項。今夜は一言もしゃべるな、ということ。

初対面だというのにすぐに打ち解けて、先ほどのランチからお茶から、会えば必ずいろんなことをペチャクチャと切れ目なくしゃべり続ける私たちにはびっくりな指示であったが、誰一人としてそれに文句を言ったりそれを無視する人はおらず、その直後のディナーは全員沈黙を守ったまま食べた。

ただ1人、リトリートではなく養成コースに入っていたドイツ人のJさんだけはこの瞑想に参加していなかったので、なぜ先ほどまで途切れなくしゃべりまくっていた私たちが全員しーんと黙って黙々と食事をしているのか分からずきょとんとしていた。


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