強い風が苦手だった話 [自分と世の中(他人)の間にある壁の存在とヨガの考え方について]
強い風が苦手だった話
苦手な理由と感覚
快か不快かと問われたら正直今でも不快と感じてしまう強い風。
少し前までは恐怖症(phobia)のレベルでの苦手意識が強かった。
他人に言ってもたいていは理解されない。
100人いたら2~3人くらいしか共感を示してくれない恐怖症。
一般的に認識されやすい、風を嫌だと思う分かりやすい理由は、
髪型が崩れる
寒い(普通にツラい)
スカートがめくれる
目にゴミが入る→メイクが崩れる
物が飛んできて危険
など、特に女性には優しくないなと思うようなもの。
私にとっては上記のものに加え、言いようのない圧迫感や不安感を与えたり、自分の持っているものを根こそぎ奪い去ってしまったりするように感じる存在。
おそらくパーソナルスペースをズカズカと侵される感覚に似ている。
みぞおちのあたりがザワザワする。
心の中で「やめてやめて」と泣き叫びながら
全身に力を入れて必死に抗わないと、風の持つ勢いに自分の内部までも破壊されそう。
気質体質(HSPでkapha)由来の原因
いわゆるHSP気質で強い刺激が苦手。
強い風と同様に、大きな音、速いスピード、人の多い場所などには神経をすり減らす。
おそらくレジリエンスが脆弱であるため、非HSPが気づかないほどの小さな刺激でも、私のセンサーは敏感に反応してしまう。
外界に対する警戒心が強く、自分を守ろうとする作用が働き、少しでも心身を脅かすものが入って来ようとすると、それを防御しようと戦闘モードになってしまい、非常に疲れる。
アーユルヴェーダの体質で表現すると私はカパ(kapha)で、水のようにどっしりした安定のエネルギーが強いタイプ。
反対の作用を持つ、バタバタと飛び回る落ち着きのないものが鬱陶しく思える。
絶えず動的なエネルギーをまき散らす風(vata)のパワーは私の心地良いと感じる落ち着いた精神状態もかき乱す。
とにかくザワザワする。
空気を読まず心の中に侵入しようとする無神経な人間のように、風は私の固いバリアをいとも簡単に破壊し、乱暴に私の肌に触れる。
そして、勝手に触れられたり、髪や服を乱されたりしてたまるものかとこちらも力で抑え込もうとする。
無理なのに。
全身が固まっていて疲労困憊、風に破壊された髪型を人に見られるのも情けなく嫌で、通行人と目が合わないように、気まずく顔を背けてしまったりもした。
無理にkaphaのモードにしがみついているせいか、完全に心が閉じている。
壁がなくなる瞬間
仕事に行くでもなく、キレイな恰好をして誰かに会いに行くでもなく、なにかの帰り道や休日にただ買い物に出かけた時など、いつもなら必死になって抵抗する風に何も感じない瞬間があった。
容姿が乱れても見る人がいない、というのは確かに大きい。
これから何かを頑張るわけではないからもともとリラックスできている、というのもある。
その時の心境はたいてい「まぁいいや」とゆだねるような感覚であった。
風に心身をゆだねてみると、多少の乱れはどうでもよくなる。
満員電車でも他人に接触してしまう気持ち悪さを諦めて、揺れに身を任せてぼんやりとしていると不快さを忘れていくのと同様、風への抵抗を放棄すると風が吹いていることすら忘れることもある。
自分と他人との間に普段は存在している壁が消えているから、パーソナルスペースが気にならないのと同じ。
ふっと身が軽くなり、今まで何に抵抗していたか分からなくもなる。
いつもこうなら楽なのにと思う。
ヨガ哲学で答え合わせ
ヨガの勉強をしていた時にこの感覚の正体に気が付いた。
自分と他人は違うと、「個」を意識するから苦しみが生まれるという考え方がある。
我執(エゴ)に執着し、自分の意志で頑張ってさまざまなものをコントロールしようとするマインドを手放し、ゆだねていくことで大いなるものと一体になっていくと生きやすくなる、というようなこと。
そもそも物事は思いどおりにならないものであると受け入れ、大きな視点で世の中をとらえ、エネルギーをより有意義なことに使う方が良いということ。
日本でも今では主流となっている、自身の努力で道を切り拓くという、西洋的な考え方とは真逆の発想に最初は戸惑い、これまでの価値観や努力を否定されているように感じ、頭では理解できても完全に腑に落ちるまで2~3年かかった。
私はあまりにも「個」としてひとりで頑張ることに慣れ切っていたのだが、その世の中との境界の存在により、他者との比較が始まり、そこからさらに劣等感や焦燥感、承認欲求といったような苦しみが生じていたことにようやく気がついた。
強い風に当たると不快なのは、意識しすぎて巨大化したパーソナルスペースを破壊して侵入する他者を怖いと思うのと同じ。その他者に悪気はないしお互い様なのに。
ヨガの学びを深めるにつれて、世の中と自分の間に自ら作ってしまった壁が少しずつ薄くなっていき、それと同時にいつの間にかあまり風が気にならなくなってきたことに気がついた。
壁はこれまでのトラウマや怖かったり悲しかったりした経験から身を守るために出来たものであるが、ヨガの実践により次第に癒されていくに従い、身を守る必要もなくなってきたのだ。
風に抵抗せず身を任せて歩いていると気持ち良ささえ感じるし、むしろ停滞していたkaphaのエネルギーを飛ばしてくれるため、感謝することすらある。
抗っても無駄なのだから、いっそのこと一体になって心地良さを楽しめば良いのだ。
最近は風が好きになってきたのかな。
いや、やはり髪をぐちゃぐちゃに破壊するのはやめてほしいと思う。
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