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人類が劇的な終焉を迎えるなら、この眼でそれを見てみたい 【ブックレビュー】伊坂幸太郎『終末のフール』(集英社、2006年)

著者:伊坂幸太郎
書名:終末のフール
出版:集英社

 本書と出会ったのは、私が高校生のときである。当時の恋人は読書が趣味で、高校入学以来、ずっと図書委員を務めていた。彼女とは別のクラスで、特に希望があった訳でもない私は、同じく図書委員を務めるようになった。
 高校2年生のときであっただろうか。同じ地区の高校の図書委員を集めて、読書会をするという話があり、それに誘われた。各学校の図書委員を数名派遣して、いくつかのグループを作り、課題図書について話し合うというものだった。そのときの課題図書が、本書であった。
 当時私は、その彼女の影響で本を読むようにはなっていたが、そもそも読書が趣味というわけではなかったので、読みやすい作家数人の作品しか読んだことのないような状態であった。人見知りだし、そもそも小説の内容について話し合うという経験があまりない私は、この読書会が大変憂鬱であった。
 結局、もともと読むのが遅い私は、最初の数話を読んだだけ、しかも、その数話も大して読み込むことなく読書会に臨んだ。楽しくはあったが、なんとも虚無な時間を過ごしたことは言うまでもない。
 「趣味は読書です」と言えるほど本を読むようになってしばらくしてから、ふと本書のことを思い出して読んでみようと思った。すべて読み終えた私は、高校生のときにテキトーに読み流し、読書会でもほとんど意見交換しなかったことを悔いることとなった。

 本書は、8話の短編からなる。すべて、仙台の「ヒルズタウン」という団地を舞台にして、小惑星の衝突による人類の絶滅が3年後に迫った世界を描く。それぞれ主人公は異なるが、各物語の登場人物が少しずつ絡み合っている。
 ここでは、人類滅亡の予告を受けて世界が大混乱に陥ったのち、少し落ち着きを取り戻した世界が描かれている。訣別した家族との再会、復讐、出産など、複雑な人間模様と人々の葛藤が描かれている。
 本書を最初に読んだ高校生時代はしばらく前だから、幸いにも、ほとんどの物語を覚えていなかった。しかし、復讐をテーマにした「籠城のビール」は、物語の真相が明らかになったとき、フラッシュバックするように思い出された。当時の私にとってそれほどに強烈な印象を残したのだと思われるが、現在の私にも通ずるところがあった。

 本書を読んでいておもしろいと思ったのは、誰も経験したことのないような状況なのに、妙にリアリティに富むことである。世界の大混乱で人々が発狂、自殺、大移動するような時を経て、一時の落ち着きを取り戻しつつある様は、人の集団心理を的確に表現しているように見える。
 人類滅亡が迫っているという絶望的な状況にもかかわらず、本書で描かれる物語では、ちょっとした希望が見出されている。ときに社会風刺も交えながら、残り少ない時間を一生懸命に生きる人々の生き様は、胸を打つものがある。


 本書で描かれた世界の平穏は、おそらく一時的なものに過ぎない。小惑星の接近により人類の滅亡がもっと現実的になる世界は、再び大混乱に陥ると思われてならない。それでも、人は希望を捨てずにいることができる。


 俳優の佐藤二朗さんがいつかにツイートしたことが、ふと思い出された。

佐藤二朗 @actor_satojiro 「理不尽よ、不当よ、差別よ、不運よ。悪いな。お前らが思うほど、俺たちは、いい人間であることを簡単に諦めたりしないんだよ。シラフだよバカヤロウ。」2019年12月25日

 もし人類が劇的な終焉を迎えるならば、私は、それをこの眼で見てみたいと思う。そこではきっと、絶望を前にしても強く生き続ける人々を目に映すことができそうだ。

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