沖田瑞穂

和光大学表現学部総合文化学科教授。専門は神話学。著書『怖い女』『世界の神話』『マハーバーラタ入門』『インド神話』『すごい神話』『怖い家』『世界の神話 躍動する女神たち』『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』『災禍の神話学』『世界の神々100』など。

沖田瑞穂

和光大学表現学部総合文化学科教授。専門は神話学。著書『怖い女』『世界の神話』『マハーバーラタ入門』『インド神話』『すごい神話』『怖い家』『世界の神話 躍動する女神たち』『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』『災禍の神話学』『世界の神々100』など。

最近の記事

FGOのインド英雄:ラーマ、カルナ、アルジュナ

1.ラーマとシーター、天と地の恋 ソーシャルゲームのFGOはストーリー性に富むゲームであり、その人気から、現在世界で最も読まれている物語のひとつと言っても過言ではない。 そのFGOの1部5章に、「ラーマ」が出てくる。インド二大叙事詩の一つ『ラーマーヤナ』の名高い主人公だ。 『ラーマーヤナ』とはどのような叙事詩か、簡単に説明したい。『ラーマーヤナ』は『マハーバーラタ』よりも新しく、2世紀頃の成立とされている。作者は聖仙ヴァールミーキだ。特徴としては、主人公のラーマ王子とその三人

    • 『RRR』と英雄の二つのタイプ

      今、大人気のインド映画『RRR』(ラージャマウリ監督作品)。ラーマとビームという二人の主人公が、イギリス統治下のインドで自由を得るために戦う話だ。ここでは、この二人の戦士としての類型について考えていこうと思う。 フランスの神話学者デュメジルによると、インドを含むインド=ヨーロッパ語族の神話には、三機能体系と呼ばれる構造が認められる。三つの機能をそれぞれ第一機能、第二機能、第三機能と呼ぶ。第一機能は聖性と王権、第二機能は戦闘、第三機能は生産性をあらわす。さらにそれぞれの機能は

      • 「バーフバリ」は現代の神話だ… インド神話研究者が強く心を揺さぶられた理由

        インド神話にとって特筆すべき年、それが2018年であった。神話に題材をとったインド映画『バーフバリ』(二部構成、「伝説誕生」「王の凱旋」。2017年公開。S・S・ラージャマウリ監督)が大成功をおさめたのだ。とりわけ日本では熱狂的なファンが多くうまれた。彼ら彼女らは何十回と劇場に足を運び、「王を称え」、一斉に「バーフバリ・コール」を発した。雑誌などでも『バーフバリ』特集が組まれたこともあり、もはや社会現象といえるほどの盛り上がりであった。  私はこの映画を観て、これは神話だ、

        • 『マハーバーラタ』の火のテーマ1――ジャナメージャヤ王の蛇供犠

          『マハーバーラタ』の隠れた主題は、「火」にあると考えられる。例えば、 ・今回紹介する、ジャナメージャヤ王の蛇供犠 ・アルジュナとクリシュナによるカーンダヴァ森の炎上 ・大戦争の最後におけるアシュヴァッターマンによるパーンダヴァ陣営焼き討ち ・乳海攪拌神話に見られる世界炎上 ・ドラウパディーの火からの誕生 などが挙げられる。 今回は、『マハーバーラタ』第一巻冒頭で語られる、蛇供犠の話を見ていきたい。 アルジュナのひ孫にあたるジャナメージャヤ王は、父が蛇にかまれて

          インド二大叙事詩の女主人公、ドラウパディーとシーター その反復と変形の構造

          インド二大叙事詩に『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』がある。『マハーバーラタ』の女主人公はドラウパディーという。五人の兄弟の王子を夫に持つ、一妻多夫婚という稀な結婚形態が特徴だ。他方の『ラーマーヤナ』の女主人公はシーターといい、英雄ラーマを夫に持つ、貞淑な妃だ。 この二人は、似ているが、一方が他方の裏返しのような、不思議な関係にある。 誕生 まず、二人とも美と愛の女神シュリーの化身である。化身というのは、神が仮に人間の姿で現れるというもので、いわば分身のようなものだ。

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          サーヴィトリー物語は逆オルペウス型神話か

          インドの叙事詩『マハーバーラタ』に、「サーヴィトリー物語」という挿話がある。サーヴィトリー姫が死んだ夫の魂を死神ヤマから取り戻して生き返らせた話だ。まずはこの話を見てみよう。 サーヴィトリー物語 アシュヴァパティ王にサーヴィトリーという娘がいた。王はサーヴィトリーが年頃になると、「自分で夫を探してきなさい」と言って旅に出した。 サーヴィトリーが旅から帰ってくると、王宮ではナーラダ仙が王と語らっていた。サーヴィトリーは旅の報告をした。シャールヴァ国にデュマットセーナという王

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          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』6:戦争のはじまり――大地の重荷

          『マハーバーラタ』の主題は王位継承権をめぐる従兄弟同士の大戦争である。ただその根源は、天界のはかりごとにあった。「大地の女神の重荷」というテーマだ。『マハーバーラタ』の読み解きに最も重要なこの神話を見ていくことにしよう。 神々とアスラ(悪魔)たちは常に争っていた。ある時アスラたちは戦いに敗北して、大挙して地上に生まれ変わった。動物や人間などさまざまなものに生まれ変わったアスラたちは、地上で悪行をはたらいた。動物や人間を虐待し、聖地を荒らし、聖仙たちを侮辱した。地上に増えすぎ

          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』6:戦争のはじまり――大地の重荷

          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』5:カルナ

          2020年12月15日、人気スマホゲームFGO(Fate/ Grand Order, TYPE-MOON)において、12月16日から始められるクリスマスイベントに、『マハーバーラタ』のカルナという英雄がサンタクロースの姿で登場することが予告された。本記事においてはゲームの内容には踏み込まないことにするが、このカルナという英雄がどのような神話的背景を持つのか、解説したい。 『マハーバーラタ』で特にアルジュナの宿敵として重要な役割を占めるのが、カルナだ。ところがこのカルナとアル

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          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』4:ユディシュティラ

          智慧の王ユディシュティラ『マハーバーラタ』の主役の英雄であるパーンダヴァ五兄弟の長男ユディシュティラ。彼は法の神ダルマを父として生まれてきた。このダルマ神は抽象的な神であって神話に乏しい。フランスの比較神話学者デュメジルは、この神の前身はヴェーダ神話のミトラであると述べた。一方、死神ヤマの別名がダルマであることが注目される場合もある。 父神の名にふさわしく法と智慧の体現であるユディシュティラの特徴は、「夜叉の泉」の神話によく表れている。森での放浪の旅の途中、喉が渇いた兄弟た

          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』4:ユディシュティラ

          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』3:マーヤー

          ヴィシュヌのマーヤーインド神話には、「マーヤー」と呼ばれる不可思議な力の話がある。これは、古くは天空の至高神ヴァルナが得意とするものだったが、やがてヴィシュヌ神に特徴的なものとされていく。ただそれ以外にも、悪魔の一族アスラもマーヤーを用いる。アスラのマヤは、『マハーバーラタ』の主役の英雄であるパーンダヴァ兄弟のためにマーヤーで宮殿を建てた。また、戦闘において羅刹たちがしばしばマーヤーを用いる。 ヴィシュヌのマーヤーは、とくに宇宙的な意味をもつ。このような一文がある。 「神

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          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』2:ビーマ

          インド叙事詩『マハーバーラタ』の人物解説、第二回目はビーマだ。主役のパーンダヴァ五兄弟の次男で、風の神ヴァーユと人間のクンティーの間に誕生した。最も原始的な武器である棍棒を持ち、その腕力を頼りに戦う。ビーマは、まさに力の化身だ。 悪魔退治彼の力は、特に森での放浪の旅の中で発揮される。たとえば羅刹(ラークシャサ)のヒディンバを退治したときだ。ビーマは、母と兄弟たちを守るため、ヒディンバと激しく戦う。樹木を根こそぎ引き抜き、格闘した末、打ち倒す。 ビーマはヒディンバを退治した

          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』2:ビーマ

          人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』1:アルジュナ

          『マハーバーラタ』は『ラーマーヤナ』とともにインド二大叙事詩に数えられる、長大な物語である。成立は紀元前四世紀から紀元後四世紀にかけて、長期間にわたって次第に形作られたと考えられている。主題はいとこ同士の戦争である。パーンダヴァと呼ばれる五人の兄弟の王子と、カウラヴァと呼ばれる百人の兄弟の王子の、王位継承権をめぐる諍いが発端だ。これが一族のバラモンや各地の王族にまで波及し、前代未聞の大戦争に発展する。 この記事では、『マハーバーラタ』の登場人物のうち、主役の英雄であるアルジ

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          インド映画『バジュランギおじさんと、小さな迷子』にみる猿神の越境性

          インド映画、「バジュランギおじさんと、小さな迷子」(カビール・カーン監督、2015年、日本公開2019年)。試写会で観たときの熱い感動を今でも鮮明に思い出す。2019年6月8日には、TAMA映画フォーラム主催の上映会でトークショーにも参加した。 映画の内容は、生まれつき声を出すことができない少女シャヒーダーが迷子になり、保護した主人公のパワン(=バジュランギ)が、彼女を故郷のパキスタンに連れて行こうとするのだが、インドとパキスタンとの間には厳しい国境が立ちはだかる。パワンは

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