人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』6:戦争のはじまり――大地の重荷

『マハーバーラタ』の主題は王位継承権をめぐる従兄弟同士の大戦争である。ただその根源は、天界のはかりごとにあった。「大地の女神の重荷」というテーマだ。『マハーバーラタ』の読み解きに最も重要なこの神話を見ていくことにしよう。

神々とアスラ(悪魔)たちは常に争っていた。ある時アスラたちは戦いに敗北して、大挙して地上に生まれ変わった。動物や人間などさまざまなものに生まれ変わったアスラたちは、地上で悪行をはたらいた。動物や人間を虐待し、聖地を荒らし、聖仙たちを侮辱した。地上に増えすぎたアスラたちの重圧に苦しんだ大地の女神は、創造神ブラフマーのもとへ行き、重荷、すなわち増えすぎた生類を減らしてくれるよう、訴えた。ブラフマーは承知して、アスラたちを一掃する戦争を計画した。
ブラフマーの命令によって、神々や天女アプサラス、楽神ガンダルヴァたちが地上に化身を降し、アスラとの戦闘に備えた。

こうして計画された戦争が、クルクシェートラの大戦争なのだ。増えすぎたアスラたちとはカウラヴァ百兄弟はじめ、邪悪なすべての生類であり、それを討伐するために天から降されたのがパーンダヴァをはじめとする戦士たちである。

パーンダヴァ五兄弟は、それぞれ異なる神を父として生まれた。ユディシュティラは法の神ダルマの、ビーマは風の神ヴァーユの、アルジュナは神々の王インドラの、双子のナクラとサハデーヴァは双子神アシュヴィンの、それぞれ息子だ。息子であり、なおかつ彼らは父神たちの化身、生まれ変わりともいえる存在である。
生まれ変わりというと人間だけのことと思われるかもしれないが、神も、生まれ変わるのだ。そのことを説明する神話がある。

昔、五人のインドラたちが、傲慢によってシヴァ神の怒りをかってしまった。シヴァはインドラたちを山の洞窟に閉じ込めて、地上に生まれ変わることを命じた。さらに美と愛の女神シュリーに、彼ら五人の地上における妻となるよう命じた。こうして生まれたのが五人のパーンダヴァと、共通の妻ドラウパディーだ。
一方、敵役のドゥルヨーダナをはじめとするカウラヴァ百兄弟は、悪魔や羅刹の生まれ変わりだ。
パーンダヴァとカウラヴァによって戦われるクルクシェートラの大戦争は、神々の生まれ変わりと、悪魔たちの生まれ変わりの戦争だったのだ。
さらに大切なことは、神々と悪魔は、実は同じ創造神ブラフマーを祖父とする、従兄弟同士であることだ。神々と悪魔は、とても近しい存在なのである。

このように、『マハーバーラタ』の主題は「大地の重荷の軽減」にあり、主役であるパーンダヴァとカウラヴァはその目的のために地上に生まれさせられた。
生き物が増える、と聞くと、一見、いいことのように思われるかもしれない。しかし、増えすぎた生類は時に貧困にもつながる。大地はそれほど多くの生類を養うことはできない、と考えられていた。そのような背景から生まれたのがこの「大地の重荷」の神話なのだ。


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