人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』4:ユディシュティラ
智慧の王ユディシュティラ
『マハーバーラタ』の主役の英雄であるパーンダヴァ五兄弟の長男ユディシュティラ。彼は法の神ダルマを父として生まれてきた。このダルマ神は抽象的な神であって神話に乏しい。フランスの比較神話学者デュメジルは、この神の前身はヴェーダ神話のミトラであると述べた。一方、死神ヤマの別名がダルマであることが注目される場合もある。
父神の名にふさわしく法と智慧の体現であるユディシュティラの特徴は、「夜叉の泉」の神話によく表れている。森での放浪の旅の途中、喉が渇いた兄弟たち。ユディシュティラは四男のナクラに泉を探しに行かせる。泉を見つけたナクラが水を飲もうとすると、泉を守るヤクシャ(夜叉)が現れ、質問に答えてから水を飲むよう命じる。ナクラが無視して水を飲むと、息絶えて倒れた。サハデーヴァ、アルジュナ、ビーマも次々と泉に行くが、同じことが起り、皆死んでしまった。
最後にユディシュティラが泉に行き、夜叉の問いに答えた。それは法に関する難解な問答だったが、ユディシュティラはその叡智によって全て正しく答えた。最後に夜叉は「一人だけ兄弟を生き返らせてやる」と言った。ユディシュティラは同母であるクンティーの息子たち(ビーマ、アルジュナ)ではなく、父の第二妃であるマードリーの血筋を残すため、あえて異母兄弟のナクラを選んだ。これに満足した夜叉は、ダルマ神としての姿を現し、兄弟全員を生き返らせた。
サイコロ賭博を好む王
このように智慧ゆたかなユディシュティラだが、サイコロ賭博に目がないという欠点がある。彼は従兄弟のドゥルヨーダナの仕掛けたいかさま賭博に負け続け、財産、王国、兄弟たち、そして妻をも賭けて、取られてしまった。この事件が後にクルクシェートラの大戦争を引き起こすことになる。
ユディシュティラは戦場ではあまり活躍を見せない。それは彼が「戦士」ではなく「王」であるためである。彼は「王」として、「戦士」である弟のビーマやアルジュナに守られる立場なのだ。
ビーマとアルジュナが『マハーバーラタ』の中で多彩な活動をするのに対して、ユディシュティラの活躍はどちらかというと目立たない。彼の本質が表われる場面としては、放浪の旅の最後の13年目に、ヴィラータ王の宮殿に行って「サイコロ賭博に長けたバラモンに変装した」という箇所が挙げられるだろう。そう、ユディシュティラはまさにサイコロ賭博が表わすように時代の推移を体現するのであり、また法と智慧の化身である彼の本質はバラモンに近いのだ。