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愛を表現するということについて

最近、妹尾武治氏の「未来は決まっており、自分の意志など存在しない」という心理学の新書を読み始めた。暇潰しに入った書店に並ぶその斬新な文字列に、はたと目を奪われたのだ。

常日頃、愛だの恋だの、生だの死だのに対して崇拝にも似た感情を抱いている(それらに夢を見ていると言ってもいい)私にとって、人間の「意志」や「思想」は尊ぶべきものだ。それこそ幻想の原点である。愛するとは、生きるとは、そして死ぬとは。そんなことを考える上で志というのは切っても切り離せない。

だからこそ、「意志など存在しない」という言葉に対してどこか聞き捨てならない心象が無意識のうちに働いたのだ。この"無意識"こそが意志の存在を有耶無耶にしていると、その本に示され度肝を抜かされるのだが....

今回このnoteを残したいと思ったのは、ここまでで話した意志云々の話ではない。ここまで話しておいて何なのだが、その話ではない。まず、こちらの文章に目を通していただきたい。

「優しい」という概念は概念として可能かもしれないが、それが存在する時には必ず優しいと呼ばれる行動パターンを取って現れる。心の実態は行動、ないしは潜在的な行動である可能性がある。
 
抜粋:
未来は決まっており、自分の意志など存在しない
妹尾武治

如何だろうか。なるほど、と思う人間もいれば首を傾げる人間もいるだろうか。私は前者だった。人間の人間たる思惑の思慮深さと浅ましさの狭間に酔いしれてここまで生きていておいて、この文章を読んでふと納得してしまった。

確かに、確かにそうだ。「優しさ」を行動抜きに表現することが、逆に出来ないからだ。必死に考えたが、「優しいまなざし」にも見つめるという行動が伴っていると念押しをされて、考えることを諦めた。実際問題、私自身も優しくありたいし優しくあるつもりでも、表情や声色でそれを表現するのが苦手すぎる故に「優しさ」を欠いているように見えるらしい。実に悲しい話である。そんなことも含めて、ああなるほどなとなってしまったのだ。

結局のところ、体を動かしたり、体で表現しない限り、意志は意志としてそこに存在し得ないということだ。意志という形無い存在の非常に危うく、朧気な実際を感じた。だがしかし、こんな心理学のある種無機質な話を読んでいる上でも、私は文学を思い出していた。話したいのはそれなのだ。

こちらの文章も読んでいただきたい。私の愛してやまないとある文豪の紡いだ文章だ。

“真実というものは、心で思っているだけでは、どんなに深く思っていたって、どんなに固い覚悟を持っていたって、ただ、それだけでは、虚偽だ。いんちきだ。胸を割ってみせたいくらい、まっとうな愛情持っていたって、ただ、それだけで、だまっていたんじゃ、それは傲慢だ、いい気なもんだ、ひとりよがりだ。真実は、行為だ。愛情も、行為だ。表現のない真実なんて、ありゃしない。愛情は胸のうち、言葉以前、というのは、あれも結局、修辞じゃないか。だまっていたんじゃ、わからない、そう突放されても、それは、仕方のないことなんだ。真理は感ずるものじゃない。真理は、表現するものだ。時間をかけて、努力して、創りあげるものだ。愛情だって同じことだ。自身のしらじらしさや虚無を堪えて、やさしい挨拶送るところに、あやまりない愛情が在る。愛は、最高の奉仕だ。みじんも、自分の満足を思っては、いけない。”

抜粋: 
火の鳥
太宰治
https://books.apple.com/jp/book/%E7%81%AB%E3%81%AE%E9%B3%A5/id566848254

文豪というのは、上記にもある通り太宰だ。私は太宰の「火の鳥」で卒論を書くほど、この作品を愛しているし、特にこの文章が好きなのである。そしてこの文章と、先程まで話していた体現なくして意志は無いという話が繋がっているように感じたのだ。

どんなに相手を愛していたって、大切に思っていたって、表さなければ存在しないと同じことだ。真理は感ずるものではなく、表現するものなのである。それを私は太宰から教わった。白々しさや恥じらいを捨てて、素直に表現することが、相手に正確に伝わる最上級の愛情なのだと。

繋がる、繋がっている。文学のロマン溢れる思想の世界と、哲学的な心理学のロジカルな世界は、正直私はイコールではないと思っている。それは今もそうだ。文学は非論理的な事柄をキザに語ることも美しさだと感じるからだ。だがしかし、この「表現をする」という行為の真理について、文学と心理学が繋がるという発見を得たのは私の読書人生において大発見だったのだ。だから記録に残しておきたかった。

愛は表現。表現することで初めて意志として世界に存在せしめる。表現が無ければそこには何もないのだろう。万物において、それはそうなのだろう。

学ぶということは、楽しいことだなと改めて感じさせられた。

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