#4 読書で世界一周 |「逃亡派」とポーランド文学 〜ポーランド編〜
「読書で世界一周」は、様々な国の文学作品を読み繋いでいくことで、世界一周を成し遂げようという試みである。
4カ国目である今回は、ポーランド。オルガ・トカルチュクさんの『逃亡派』を取り上げる。
オルガ・トカルチュク|逃亡派
著者のオルガ・トカルチュクさんは、ポーランド出身の小説家・エッセイスト。ポーランドで最も権威のある文学賞「ニケ賞」を受賞しており、自身で文学専門の出版社「Ruta(ルタ)」を設立するなど、精力的に執筆活動を行っている。
本作『逃亡派』は、彼女が「ニケ賞」を受賞した作品である。「旅」「移動」が一貫したテーマとなっており、100以上の断章が連なる、不思議な読み心地の作品だ。
短い掌編が並べられた短編集のようでもあり、それらが緩やかに繋がった、ひとつの長編作品のようでもある。内容は小説のようでもあり、エッセイのようでもある。
良い意味で掴みどころのない、既存の枠にとらわれない作品だった。
本作は、著者自身を思わせる人物が、世界中を旅する放浪の過程で、人と交流する様子がベースになっている。
その土地土地で仕事を探しながら、空港、船、ホテルなど、様々な場所で人に出会う。彼らから「移動」にまつわる物語を聞き、それをエッセイ調に書き留めていく。
そしてその合間に、これまた「移動」にまつわる短編小説・中編小説が、ランダムで差し込まれる。一人称視点から三人称視点に切り替わるため、どこからがエッセイでどこからが小説か、非常にわかりやすい。
挿入される短編・中編は、舞台や設定がバリエーション豊かで、読み手を飽きさせない。
どの話も、突然始まって、突然終わる。途切れ途切れに語られるものもあれば、結末まで一気に語られるものもある。並べ方ひとつで、小説の読み心地がこんなにも変わるのかと、驚く。
本作の特色は、短い文章の連なりによる、独特のリズム感だ。
各断章は、区切りなく、次々に展開されていく。フィクションとリアルの境界は曖昧で、脈絡も無く、ひたすら文章の流れに身を任せて読んでいくような感覚だ。
まるで、目的地もないままに移動し続ける、小舟に乗っているかのようだ。「本を読む」ことは能動的な行為であるはずなのに、動いている船に身を委ねるように、受動的な感覚になっていくのが不思議だった。
止まることなく流れる、流動的な読書。
電車に揺られ、どこまでも運ばれていく、あの感覚。それが、本を読んでいるうちに蘇ってくる。
自分が本を読んでいるのか、はたまた本が自分を運んでくれているのか。主体は、私と本のどちらか。だんだんとわからなくなってくる。こんな読書は初めてだった。
最後に、「東欧文学」と「移動」の関係性について、少しだけ想像してみる。因みに、私は東欧文学に関する教養を全く持ち合わせていないため、完全に妄想の話だ。
「逃亡派」というタイトルの意味は何か、ということについて考えたい。
ポーランドを始めとする東欧諸国は、第二次世界大戦期に、ナチス・ドイツとソ連に分割占領された負の歴史を持つ。他国の戦争の戦場となり、国土を荒らされ、人々は厳格な管理のもとに抑圧された。
そのような歴史的経験を経て、ポーランドはひとつの教訓を得る。それが、「逃亡派」たることだ。
動かないもの、立ち止まるものは、他者から管理され、支配される。暴君は、人々を管理するうえで、「定住」を強いる。動かぬ秩序を作り、その枠の中に押し込める。その方が、管理しやすいからだ。
したがって、絶対に立ち止まってはいけない。動き続ける限り、進み続ける限り、人は管理から逃げられるのだ。
意志を持ち、行動する限り、他者によって制されることはない。逃げることは負けではないのだ。「逃亡派」たれ。そんなメッセージが伝わってくる。
東欧の文化圏は、移動し続けることによって自らのアイデンティティを堅持することができると、歴史から学んでいるのだ。「東欧文学」と「移動」には、そんな関係性があるように思う。
「読書で世界一周」、4カ国目のポーランドを踏破。次の国へ向かおう。
5カ国目は、北欧のバルト三国のひとつ、エストニア。ここから北欧文学へと旅を進めていく。
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