破船/吉村昭
図書館で借りてきた吉村昭さんの時代小説、
「破船」を拝読しました📖´-
(2022,4,9 読了)
本書は2022年本屋大賞「発掘部門」に選ばれた作品です。
私はあまり「賞」というものに興味がないのですが、発表の日に暇な時間があったので珍しく本屋大賞のライブ配信を観ていました。
そこで初めて本屋大賞の中に「発掘部門」なるものがあることを知ったのですが、推薦者である未来屋書店宇品店の河野寛子さんの推薦コメントが本当に素晴らしかった。
吉村昭さんのことも今回初めて知りましたが、本来ならきっと私が手に取ることはなかったであろう作品だと思います。
でも、推薦者の河野寛子さんの熱量が伝わってきたので是非拝読したいと思い直ぐに図書館で借りてきました。
因みに、ブックオフオンラインでは既に売り切れていました。
この物語には最後まで救いがありません。
唯一救われるのは、主人公・伊作の涙を誘うほどの健気さと母の堅実な生き方。
ドキドキするような展開にハラハラしながらページを捲るというよりも、淡々と語られる物語の沼にズブズブ引きずり込まれるような感じです。
なんとなく、「変身/カフカ」や「異邦人/カミュ」を拝読した際の感覚に似ている気がします。
先ずは読了後に”因果応報”という言葉が浮かびました。
自分のやったことは、必ず自分へと戻ってくる。
そして、”洗脳”という言葉も浮かんできました。
閉鎖された社会で人は簡単に洗脳されてしまうんだなと。
自分が置かれた状況をおかしいと疑問に思うこともなく、そんな中で本当に正しいものが判断できるはずもなく。
しかし、身売りされて他所の社会を目の当たりにしたであろう人たちも年季奉公の期間を終えるとまた元の場に戻ってくるのがとても不思議です。
洗脳とはそんなに深いものだということだろうか。
それとも、本当はおかしなことに気づいてしまったけれど、残された家族を見捨てれず戻ってくるのだろうか。
残された家族を外の社会に連れ出そうとは思わないのだろうか。
閉ざされた社会というのは、カルト教団のような特殊なところのことで、身近に感じれないようにも思いますが、果たして本当にそうなのかという疑問もでてきました。
自分が置かれているまともな社会と思っているものが、実は閉ざされた社会であり、洗脳されてしまっているということも考えれます。
これだけ文明が発達してたくさんの情報を知ることができ、全体を見れているということ自体が実はまやかしかもしれません。
あまりここを突きつめて考えてしまうと私の方がおかしくなってしまいそうなので、ほどほどにせねばとは思いますが。。。
当たり前を当たり前と簡単に流してしまうのではなく、当たり前に対して問う姿勢は持つようにしたいと思います。
これは先に拝読した「バカの壁/養老孟司」に繋がるのかもしれません。
自ら思考を停止してしまったところから洗脳が始まるという警告。
「破船/吉村昭」も今読むべきタイミングだったのでしょう。
最後に。
読むべきタイミングで読むべき本とご縁を結んでくださった推薦者の河野寛子さんへ感謝いたします。
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