私の心の中にいたあまのじゃくーさようなら、ありがとう。
今日、ようやく幼い頃の自分を根っこから受け入れたような感覚がきました。
カウンセリング受けたり、セラピー受けたりしても、まだ手放してなかったのか!と自分でもツッコミ入れたくなりますが、相当複雑で根っこが深かったのだなーとしみじみ思いながら、インナーチャイルドを抱きしめました。
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私はいつもネガティヴな事柄から自分を守るために、必死に駆け抜けて自分を奮い立たせて、生きてきました。
複雑な家庭環境のもとに育ったせいか、「大人達は大人の事情で忙しい。誰にも頼れない。自分で何とかしないと。」幼心にそう思っていました。
両親は3歳頃に離婚し、気がついたら二つの家を行き来する生活でした。甘えたい時に、母はいない。その代わりに祖母が育ててくれていました。自由奔放で迷惑をかけ続ける父は離婚の原因になった不倫相手と住んでいたので、帰ってきたり、来なかったり。そんな幼少期、とにかく、祖母と姉達がいてくれたから生きていたんだと思います。
小学生の頃から鍵っ子で、歳の離れた姉や私たちのために必死に働いていた母を1人で待つことがほとんど。
「寂しいけど、言えない。寂しいと言ったら、困らせてしまうだけだ。」と自分の本当の想いを素直に表現することができなかった。それより、大人達に合わせて過ごしていた方が波風立たず、ずっと平和でいられる。そうやって自分の心の声より、周りに合わせるようになっていました。
1番上の姉の反抗期が大爆発していたため、家では喧嘩が日常茶飯事。生まれながらに平和主義の私には、耳を塞いで隣の部屋に逃げる。2番目の姉が擁護してくれていたけど、本当に辛かった日々でした。
体も弱く、病弱。もう死ぬんじゃないかと思うような重度の貧血になったりして、母はとても心配してくれていたけど、私はこれ以上迷惑をかけてはいけないと思って必死に笑顔を作っていました。すると私のためにと、謎にもう一度同じパートナー(父)と再婚し、また数年後に離婚。
その傍ら、霊的な感覚もあり、それを恐怖に感じるようになっていたのに、こん状況だから相談できないし、信じてもらえないかも。と自分の中で消化しないといけないと思っていました。
だから、「私を助けられるのは、私しかいない。」
その強い信念が芽生え、大人になっても必死に走ってきたのです。
「弱い自分を見せてはいけない。」どんどん鎧を重ねて重ねて、とうとう重くて動けなくなり、深い深い奥底に本当の私は沈んでいきました。
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そして、自分に目醒め、いろいろな感情を解放してあげたら、心の深いところで泣いているインナーチャイルドにやっと手が届いて話をすることができました。
すると、あんなに憎んでいた父に対して、「あの人がいたから、今の旦那さんに出会うことができ、人生で感じたことのない心の豊かさを感じられるのか」と俯瞰した目で自分の状況を見ることができ、感謝の気持ちが湧いてきたのです。
その瞬間、フワーッと心が軽くなってインナーチャイルドが泣き止んだのです。
旦那さんに対しても、シンプルに自分を見せてきたつもりではいましたが、どこかで、「私ががんばらないといけない。迷惑をかけてはいけない。」そんな気持ちが根底にあり、自分のやりたいことより、家族のために収入は安定していた方が良い。子育てしやすい環境の職場が良い。ストレスの少ない環境を選ぼうとしていました。
そして、それらを手に入れても満たされない心。
そりゃそうですよ。やりたいことじゃないから、満たされるわけがない。
末っ子を産んだのをきっかけに、その頑張りをやめたら本当に心が軽くなりました。それを否定することなく、受け入れてくれた旦那さんに心から感謝しています。
「無理することない。やりたいようにやっていいんだよ。」
彼がかけてくれる言葉は、そのまま私のインナーチャイルドに届いていました。
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今は人生で1番、心が豊か。
自分を受け入れることができ、自由に表現することを許すことができている。やりたくないことはやりたくない。と、素直に言えている。
そして、旦那さんの存在が私にとって本当に大きいし、この人に出会うために今までの辛い経験があったのだと思ったら、自分に対しても乗り越えてきてくれて、ありがとう。と感謝の気持ちがわーっと溢れてきました。
今までの経験に無駄はない。むしろ、全てが宝で必然だった。たくさんの学びをして、彩豊かな感情を経験でき、私は本当に幸せ者です。
どんなに辛くても、それは人生に必要なこと。自分が引き寄せていること。辛いことの先には必ず、ギフトが待っているのです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
Mayumi🦩