妄想のカケラ【水槽の人魚姫】
#61 水槽の人魚姫
透明の大きな水槽に居る
特別な存在の私は
何の不満もなく
ずいぶん前からここで過ごしている
「かわいそう....」
水槽の外から見学者の声がした
バシャッ!
尾びれで水面を叩いて激しく水しぶきをあげると
さっきまで私を不憫に思っていた人たちは
眉間に皺を寄せ離れていく
自分の物差しで測れないものを
「かわいそう」と思うことで
自分の不自由さを曖昧にしている
君らの方こそかわいそうだよ。
私は去っていく人間を見送りながら心の中で呟いた。
実はこの水槽は海と繋がっていて
自由に行き来できるけれど
私は自分の意思でこの水槽にいるのだ。
「ほどほどに頼むよ。今日も元気かい?」
私の特別な人の声がした。
施設の作業着を来たその人は
水槽越しに優しく笑っている。
私は嬉しくてその人の近くに寄った。
水槽から海に続くゲートを開いてくれたのはこの人なのだ。逃してくれるつもりだったらしいけれど、
逃げない私を不思議に思いながら、毎日こうやって水槽のガラス越しに私を気遣ってくれる。
....
この人と出会い
海の魔女と契約して
約束の40年が経とうとしている
魔女に声を預けた40年間
彼との「縁」が切れなければ
私は声を一時的に取り戻し
自分の気持ちを伝えることができる。
そして、思いを受け止めてもらえれば
尾びれが足となり私は人間になれるのだ。
歳を重ねた彼は頭に白いものが混ざり
笑うと顔がしわくちゃになってしまうけれど
美しい瞳は40年前と同じ
何も変わらない。
彼はもうすぐ「テイネン」というものを迎えて、この場所を去らなくてはならないらしい
そして、最近、「リコン」というものをしてひとりぼっちになってしまったそうだから
今、お相手はいないに違いない。
ちなみに、リコンの原因は性格の不一致というものだそう...
寂しそうに話してくれた。
最初で最後の
そして、最大のチャンスが来ようとしている
初めて会った時から好きでした。
これからもずっとそばに居させて下さい。
あなたは私の特別な存在です。
時が満る今夜
40年分の思いをあなたに伝えよう。
思いが通じなかったら
この水槽の中で泡となって消える覚悟は
とっくにできている__
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