真冬のモヒート
日本橋本石町のバープロローグに伺いました。
バックバーを見ると、どうやら年代物っぽいウイスキーがずらり!
ヤバいですよね!
バーテンダーの山浦さんが迎えてくれます。
席に着くと熱いおしぼりを差し出しながら、「今日はいかがなさいますか?」と山浦さん。
僕は「まずは一本つけて下さい」
ん!???
と皆さんは思われるでしょう。
一本つける? 日本酒の熱燗? このバーは日本酒も出すの? バックバーのイメージとえらく違うじゃん。
違うんです。一本つけるの意味が……。
一本付けるではなくて、一本灯けるなんです。
山浦さんがその一本を持ってきました。
「今日はパルタガスのルシタニアスにしましょう」
山浦さんのお薦めに僕に異存があるはずがないです。
「これはパルタガスの強いイメージを裏切るキレイでミディアムな旨さの素晴らしいダブルコロナです。弱くなく強くなく、69%くらいの赤い果実味のあるチョコレートみたいな味です。キューバ煙草を代表するビトラですよ」
説明しながら山浦さんは葉巻をカットし、ガスライターで着火します。
十分葉巻に火がいきわたると、山浦さんは少し葉巻を上下に振ってから僕に差し出してくれました。
そう、つまり一本灯いたという訳です。(笑)
一服すると口中に旨みが広がります。自然と穏やかな気持ちになります。
お酒は一杯目がグランツの水割り。グランツは15年前のものだそうです。
そして2杯目が50年前のモートラック。トワイスアップでいただきました。
2杯目を飲み終え、酔いが回ってきました。
葉巻は半分以上吸い終えて、ほのかなチョコレートのニュアンスの甘味が強くなってきています。
そのタイミングで山浦さんが3杯目を出してきました。
モヒート!?
真夏の飲み物を真冬に出してくるとは珍しい!
「これは珍しいですね」と僕。
「これねえ、うちのオーナーのアイデアなんです。葉巻と合わせるにはちょうどいいタイミングになっていると思いますよ。どうぞ試してみて下さい」
確かに強めの甘味にライムのフレッシュ感がほどよく解け合い、ホワイトラムのほのかな甘みのあるアルコール感もしっかり。そこにフレッシュミントの香りが強くまとわってきます。そしてこの強めの甘味と酸味、(酸味は甘味の中にしっかり包まれています)そしてフレッシュミントの香りと苦みが、強く濃くなってきた葉巻の味わいをやわらげ、そして葉巻の旨味をしっかり引き出して強めてくれています。
「いやもうすごいですね。これほど葉巻にピタピタと合うとは」
山浦さんは頷きながら目が笑っています。
男は葉巻を灰皿に置くとまた一口モヒートを口に含んだ。
のどの渇きを癒す真夏に飲むモヒートとは違い、しっかり味わいながら飲む真冬のモヒート。同じカクテルなのにこうも感じ方が変わってくるものなのか。
モヒートのことを思ううちに男は過ぎ去った夏の日々を思い出してきた。それも遠く小学校、中学校時代の夏の日々のことを……。
そのような連想になったのは、先日男の小中学校時代の同窓会があったからだろう。
男が当時秘かに憧れていたあの娘も来ていた。とても良い年の重ね方をしているなと男は思った。
真夏のモヒートのようにフレッシュでさわやか、そして甘酸っぱいあの頃の思い出。そして人生もようやく冬に差し掛かろうとする今飲む真冬のモヒート。
過ごして来た日々をなぞらえるように、ほのかに苦く甘く酸っぱく味わい深い……。
同窓会の時間はあっという間に過ぎてしまった。皆ともっとゆっくり話をする時間があれば、それぞれの味わい深い人生の軌跡に思いを馳せることも出来ただろう。
男は少し残念に思いながら、先日出来たばかりの小中学校の同窓会のグループラインに目を落とした。
こんな一節が頭に浮かんできました。(笑)
宴のにぎははしきうちにもすずろに昔の人のことども思ひいでられて、あはれやうやう心につきぬれば
思ひやる若草の香に染みつるにはるけき人はいかにあるらむ