キャンドル
今日は新しいことが聞けた。
"過去の恋愛は話さないタイプなんだ。"
君は付き合った当初、そう言っていた。
経験人数とか、もちろん気になるところではあったけど、そう言われたらもう、何も聞けない私。そう。
とだけ言い残し、君の行きつけの居酒屋で梅酒をゴクリと喉に流し込んだ記憶がある。
あの居酒屋も、今はもうなくなり、私たちは随分長い時間をいつの間にか共に超えていたようだ。
仕事終わり、家の扉を開くと、懐かしい匂い。おかずの匂い。手作りの優しい匂い。
"おかえり、今日もお疲れ様"
エプロン姿の君に、一目を置く。
私は、仕事帰りのサラリーマンの気持ちがわかった気がする。この瞬間のためなら週2休みでも、残業が月45時間でも、頑張れますね。
専業主婦の母の元で育った君は私より、料理の腕がいい。今晩も、2人であっという間に、コラーゲンたっぷりの関東風水炊き鍋を平らげた。
お風呂に入る前、決まって、譲り合いが始まる。
先入っていいよ、
"いや、先入りなよ"
いやいいって、
"いや、じゃぁ脱がせてあげるから"
いやいや…
結局お互い、服の剥ぎ合い。
一緒に湯船に浸かる。
夜の暗さが好きな私。お風呂に入る時は、部屋の照明はオレンジ色の間接照明だけにして、
お風呂場も電気は決して、キャンドルを灯す。
お風呂ではいつも他愛もない話をする。
この日は、昔の好きだった音楽について。それからいつの間にか、何部が好きだった?といった話。
私も君も、高校から共学であったこともあり、
2人とも中学時代を思い出していたのだと思う。
"バレー部だなぁ"
迷いなく、君は言った。
"生き生きとハツラツとしてた子が多かったよ"
へぇ、好きな人いたの?
"うん、好きだったね"
君は言った。
あまりにもまっすぐ答えるから、私はちょっと戸惑ってしまった。
きっと君は、真っ直ぐな純愛をしていたんだろう。
それ以上はもちろん、聞かなかった。
いや、たぶん聞けなかった。
「好きな人のことならなんでも知りたい」
昔はそう思ってた。
けど今は、違う。
たぶん私も、知られたくないものがある。
キャンドルの炎を君が吹き消す。
"おぉ、消した時が1番香るんだね"
そうだよ、消した時に、こんな香りだったんだと気づくんだよ。こんなに照らしてくれてたんだと感じるんだよ。
"なんか深いね"
そう、私は、真っ暗な暗闇に包まれる前に、気づいてあげられなかったな。いくつもの、匂いを、照らしてくれる光を、失ってきたな。
君という暖かい温もりは、今度こそ、そっと灯していきたいと思ってるよ。
明るすぎなくていい、ただ、ゆらゆらと消えそうになってもまた、温めようね。
消える時には、キャンドルみたいに。
いい香りだったねって、
いい人だったねって、
互いを思い出せたら素敵だなぁ。