Msa

23歳の限界社畜社会人1年目 毎日のアウトプットや本や思ったことなどなんでも書いてみる!

Msa

23歳の限界社畜社会人1年目 毎日のアウトプットや本や思ったことなどなんでも書いてみる!

最近の記事

22歳の最後の夜に

今日で気が付けば22歳が終わってしまう。 最近の生活と言えば,仕事に忙殺されやりがいや楽しさを見いだせておらず,早く仕事を変えたい転職した方がいいのかと色々と悩んでいる。そんな22歳の終わりの日だ。 思い返せば,22歳の始まりはとてもせわしないものであった。おじいちゃんが亡くなったと万代のスタバで勉強していてスタバで聞いたその日に,岡山へと戻り,おじいちゃんにあってきて,それから徳島大学サーフィン部の大会に出るために徳島に戻った。そんなあわただしいスタートであった。そして,

    • タイトル未定

      自分が誰かに話す言葉。実は、自分に言い聞かせているのではないだろうかとふと考える。 夢を口にすることは難しい。なぜなら、その夢を実現することは難しいからだ。誰だって、その夢が実現しなかったり、結局全く違うことをしていたら、なんだかそれ自体恥ずかしいと感じてしまう。けれど、それを口に出して自分はこうなりたいと明言できることは本当に素晴らしいことだと思う。まして、それが俳優だったり、芸人だったり、音楽だったりするとなおさらだ。なぜなら、それは自分にとっては、とても想像のつかない世

      • ラジオに生かされる

        「盛者必衰」これは世の理であるのだろう。これは、過去の歴史や、経験則的に理解しているつもりだ。だが、僕はこれに寂しさをよく感じる。例えば、好きなプロ野球選手が引退して一つの時代が終わったといわれること。子供のころから慣れ親しんだアニメ、漫画が完結したこと。この世には始まりがあれば終わりがある。当たり前のことかもしれないが、何かが終わるたびに寂しさを感じていた。これまでの生活に当たり前にあった、生活の一部だったその当たり前がなくなることは、その時の記憶と結びついたそれまでの生活

        • 自分のために使える時間ってあとどれくらい?

          ふと考える。大学生のうちに自分に使える時間ってどれくらいだろうかと。 思い返せばコロナ真っ只中に入学し、それでも自分なりにやりたいことや目標に向かって生活を送ってきた。そして気が付けば大学生活も残り1年。 人生の夏休みと比喩される大学生のうちに自分のやりたいことに使える時間ってどれくらいあって、自分に残された時間はあとどれだけなのだろうかと考える。 ちょうど一年前に自分の頑張り次第でなんにでもなれる。どこへでも行けると思っていた。そしてそれと同時に、そんな何者でもない自分

          変わったこと

          みなさんお久しぶりです! 気が付けばもう今年も残り少なくなってきました。 今日は20歳最後の日なので、去年の記事を読み返してみたりしました。 一年前の自分はこんなことを考えて生活をしていたのか、この考え方は今と同じだな、違うななど自分の書いた記事であっても感じることは様々です。 ここに、記事を書くことの醍醐味があるのかもしれませんね!(もう半年以上も更新できていなかったんですが(笑)) 一年前の今日という日は10代最後の日で感慨深いものがありました。もちろん今年も20代

          変わったこと

          やりたいこと

          春休みも終盤に差し掛かり、大変充実した(ちょっと忙しすぎるくらいの)毎日を過ごしています。 そんな僕も気が付けば、もう三年生になろうとしています。時が経つのは早いものでこの前まで一年生、二年生になったという話をしていたのに、こうやって歳をとっていくのだなと実感しています(笑) 話は変わりますが今回は自分のやりたいことについて書こうと思います。 僕のやりたいことは、最近になってようやく見つかり、そして爆発しています。どいうことか、やりたいことが多すぎるのです。 留学、将来

          やりたいこと

          変わりゆく中で

          これまでの人生で自分と関わってくれた人の数は一体何人だろうか? ふとそんなことを考た。友達、先生、先輩、家族、近所の人、野球のコーチ、監督、考えればきりがないほどたくさんだ。そしてそのなかでも友達の数が一番多いと思う。幼稚園、小学校、中学校、高校、そして大学。どの時代にもそれぞれ違った友達がいる。そして、自分のステージが変われば、友達も変わる。これはごく普通のことで自然だ。だが、友達が変わってからといって昔の友達と全く会わなくなる。そんな奴もいたなと。これは、とてもさみしいこ

          変わりゆく中で

          一年後の自分は想像できない。

          みなさんこんばんは。今年も残すところ少しですが、今年の振り返りは今年のうちにということで。 みなさんは、今年の一年どんな一年でしたか。今年もコロナとともにといった一年でしたが去年よりは活動しやすい一年だったのではないでしょうか。そんな一年でしたが、今年は想像よりも充実し、いろんな出会いのある一年でした。環境が変われば、それまでとは大きく変化しますが、それを大きく感じた一年だったように感じます。特に学生のうちは、アルバイトや、学年、専攻が変われるのがそれに値するように感じます

          一年後の自分は想像できない。

          優しくされて自分の小ささを知る

          急に寒くなってきましたがいかがお過ごしでしょうか。 今日はタイトルにもあるように、優しくされて自分の小ささを思い知る。ということについて話したいと思います。 優しくされて自分の小ささを知る。なんだか歌のフレーズが思い浮かばれますが、、、 最近、本当に優しくしていただくことが多く、受け取る優しさに対して自分はそれだけのものを返せているのだろうか、いや返せていないなと実感することが多々ありました。 基本的に、僕の中で人間関係は、「持ちつ持たれつ」、「ギブ&テイク」だと思って

          優しくされて自分の小ささを知る

          昭和に憧れる

          昭和と言えば、ノスタルジックなどこか懐かしさ感じる、レトロでおしゃれな印象を抱くそんな人も多いのではないでしょうか??   ちなみに僕もその一人です。 とは言っても、僕は平成生まれ、昭和を過ごしたことはありません。  そんな僕には昭和に憧れるものがあります それは「 待ち合わせ 」です! みなさん待ち合わせしてますか? おそらく、待ち合わせ自体はよくしていると思います。 けれど、僕が憧れるのは昭和の待ち合わせです(笑)。 昭和の待ち合わせってなんやねんって話です

          昭和に憧れる

          十代で得た知見

          僕の愛読書二十代で得た知見を真似して、十代で得た知見ということでこれまで僕が、見聞きした、そして体験したことをベースに大切だと感じたことをまとめます。 十代で得た僕の知見・すべては繋がっている。途中、途切れてり無駄だと思っていることも実は意味があり繋がっているのではないか。 ・新しい出会いは刺激的であるが、深い関係にこそ真の学びがあるのではないか。 ・与えられるものこそ、与えられたもの。(藤井風) ・過去が駄目でも、未来がうまくいかないことの理由にはならない。 ・習

          十代で得た知見

          十代最後の日に思うこと

          みなさんこんばんは。 珍しく二日連続での投稿です。 タイトルにもあるように今日が僕にとって十代最後の日です。 年齢的にはただいつもと同じように一歳としをとるだけですが、 十代から二十代への節目。 十代を少し振り返ってみようと思います。 始めに申し上げると、この文章はとても長く退屈してしまうものかもしれません。(笑) ですので、最後まで読んでいただけると幸いですが、この内容を次の投稿でまとめたのでそちらもご覧いただけたらと思います。 それでは、、、 十代での出来事十代の出

          十代最後の日に思うこと

          秋の夜長に

          漠然とした不安を抱えている。おそらく悩みのない人なんていないしみんな何かを考えている。 こんばんは。どんどん季節は秋らしくなり、過ごしやすい天候となってきました。そんな秋の夜長にふと考えを巡らせました。  人生はよく旅に例えられます。そして私たち自身は旅人として表現されます。 じゃあ今の僕は、どんな旅路を歩んでいるのか。 思い描いていた大学生活とは少し違うが、それなりに充実し毎日があっという間に過ぎ去ってしまう。そんな毎日を過ごしているわけですが、 僕も大学2年生となり、

          秋の夜長に

          日日是好日

          「日日是好日」。この言葉を知っているだろうか。私は、以前、晩年の樹木希林が演じる映画のタイトルでこの言葉を知った。当時の自分は18歳。特に興味を惹かれるわけでもなく、この言葉の意味すら調べようとは思わなかった。しかし先日、ひょんなことからこの言葉を目にした。 「日日是好日(にちにちこれこうじつ)」ー来る日も来る日も、楽しく平和なよい日が続く。参照(コトバンク) そもそもは、禅の言葉で、そのままの意味をとると、「毎日が良い日」というこことだ。 この言葉には、様々な解釈がある

          日日是好日

          目標は人に言うべきではない!?

          はじめにみなさんは目標を人に言いますか?それとも言わないですか? まずは、この動画をみてほしいのですが こちらの動画は、様々な人が自分の意見や研究などをプレゼンテーション形式で発表するアメリカの「TED 」というメディアで発表された動画です。この動画では次のようなことが述べられています。 なにか大きな目標があったとする。その目標を誰かに話す。 するとその人は、目標を言うことに満足感を覚えてしまう。ゴールへと近づいたように錯覚する。 本来目標を達成するまでは味わうことのでき

          目標は人に言うべきではない!?