真崎優
事実は小説よりも奇なり。 信じてもらえないようなことがいくつも重なり、 時間を共有するようになった彼とわたしの備忘録。 信じてもらえなくても、すべてノンフィクション。 ちなみに彼とわたしは付き合っていない。
詩をまとめています。 恋愛詩多め。
日記やひとりごと置き場
短編小説、超短編小説をまとめています。恋愛おおめ。
短歌集。恋愛多め。
現状を一言で説明すると、彼と距離を置いている。 彼と知り合って、不定期で「ハグ会」という名のデートをするようになり、七ヶ月。 ハグもする、手も繋ぐ、キスも、それ以上のこともする。けれど彼とわたしは付き合っていない。 仕事でも私生活でも、もどかしい日々を送っている彼は、わたしと「ハグ友」以上の関係になろうとしない。 関係を進めてしまえば、わたしまで彼のもどかしい日々に巻き込んでしまう、と。恐れているのだ。そして自己評価がとても低い彼は、その日々を共に過ごす自信がな
不思議な話だけれど、彼とは知り合った当初から旧知のように仲良くなったし、出会って数ヶ月とは思えないほど馴染んでいる。 彼とわたしにしか通じない言葉も多く誕生した。 「ハグ会」や「ハグ友」のネーミングも然り。学生時代エンドレスで聴いていた音楽が同じだったため、今の気持ちを曲名で伝え合ったりもする。 デートの待ち合わせ場所を「じゃない方」と呼ぶのも、デートを「使者殿が来訪中のため」と言って断るのも、いつの間にか始まって定着した。そういう暗号のようなものが、多数存在する。
いつかドラマで見たように カーテンの中に隠れてみようよ 窓からなだれ込む風で カーテンがさらさら揺れて わたしたちの影を隠すのよ 隠されてみようよ 揺れるわたしたちの心も
わたしは生粋の晴れ女である。 どれだけ雨や雪が降っていても、たとえ吹雪いていても、わたしが家を出ると途端におさまり、帰宅するとまた雨や風が空に戻る。 彼や、たまに飲みに行く友人は雨族であると自己申告しているが、晴れ族であるわたしの勝率は高い。 彼とのデートは待ち合わせ時点で雨や雪が降っている場合が多いのだけれど、いつもすぐに止み、解散の頃にはすっかり晴れているので、彼は「晴れ族め……」となぜかいつも悔しそうにしている。それくらい、彼の人生は雨一色だったらしい。
朝から空が おんおん号泣しているから 今夜ばかりは何を叫んでも 誰の耳にも届かないだろう 雨がやんでしまったから、もう私の嘆きを掻き消すものはない。こんな日だけなのに。特に最近は空気が澄んでいるから、私の声は空を切り裂いてどこまでも飛んでいくだろう。だからこんな雨の日くらいだったのに。空ですら、私が嘆くことを許してくれないなんて。 慰めてくれるのは、初めて一人暮らしをしたときに買って、長い時間をかけて私だけのにおいが染み込んだ、鈴蘭柄のタオルケットだけだ。それに顔を埋め、
わたしの旧知の友人ならお馴染みの光景だろうが、わたしの恋人や、それに近しい関係になった相手は、総じてわたしのマイペースに振り回されている。 例に漏れず、今回もわりとそうである。 ハグをして、キスをして、どんなに甘い雰囲気になったとしても、それを一瞬でぶち壊してしまう。勿論悪気はない。断じてない。 例えばわたしはよく笑う。ゲラである。声は高くて大きいからよく響く。学生時代はふたつ先のクラスまでわたしの笑い声が聞こえていたらしいし、今の職場でも広い店内にわたしの声が響
数ヶ月離れてみて分かったの わたしたちもう会わないほうがいい 久しぶりに顔を合わせて、声を聞いて、体温に触れて、 あっという間に時間が過ぎて わたしの心に残った感情は ひとつだけよ 寂しい ただただ寂しい さっき離れたばかりなのに 寂しくて寂しくてどうにかなりそう 真っ直ぐにわたしを見ていたまぁるい瞳や わたしの名を呼ぶ声を思い出して 涙が溢れそうなの 寂しい、とても寂しい こんな想いをするくらいならわたしたち もう会わないほうがいい
きみは寂しくない? わたしはこんなに寂しくて、 でも疲れているきみに迷惑かけたくなくて、 自分の気持ちを 鎖でぐるぐる巻きにして、 ジャンプして、のしかかって、 ありったけの力を込めて、 押し殺すの。
恋のいいところは階段を上る足音だけであの人だって分かることだわ、と。 コレットは言った。 確かにそうね。 かつんかつんとアパートの階段を上る音が聞こえる度、 わたしは何をしていてもすぐに手を止め玄関に急ぐ。 扉を開けた彼が不思議そうに首を傾げる姿が見たくって。
真面目で誠実で優しくて穏やかで、とびきり頑固。それが彼の基本的な特徴であるが、やきもち焼きでもあるな、と。最近思う。 彼は聞き上手だ。 言語化が難しいけれど話しておきたい心の内や、過去の出来事に関する自分の考えを、時間をかけて話している間、「うん、うん」と丁寧に相槌を打ち、「それで?」と優しく声をかけ、頭の中で単語を探している間はそっと頬や髪を撫でて待っていてくれる。穏やかな眼差しをわたしに注いでくれる。 けれど話題が異性のことになると、途端に顔を背けたり、わたし
足がぶつかるくらい小さくて白い 二人用のダイニングテーブルに 焼きたてのパンが入った籐のバスケットが置かれて すぐに珈琲の香ばしいにおいがこちらまで漂ってくる わたしはベッドで片目を開けて きみがコーヒーサーバーを揺らす様子をこっそり眺めていた 狭い部屋だ たぶん狸寝入りはばれている けれどそのくすぐったさも含めて わたしたちが帰る場所だ これからは何度でも こんな朝を迎えられるね
十五歳、高校一年生。一年五組。彼とわたしは一年間、この教室で共に過ごした。出席番号が近く、同じ班でもあった。 班での活動は、授業のあとの掃除と、たまに総合学習の時間にグループでの調べものや発表があるときだけで、そこまで接点があるわけではなかった。 それでもわたしは、彼に恋をした。 四月の末の、体育館掃除のときだったと思う。出入り口の階段で足を引っ掻けて転んで、膝を擦りむいたとき。前方を歩いていた彼が振り向き、すぐにポケットから絆創膏を出して「大丈夫?」と声をかけ
来る日も来る日も わたしのステージに わたしは群衆として立つ 起伏のない物語に 拍手喝采のカーテンコールはない 誰も群衆を褒めない スクランブルの群れに埋もれたわたしを 見つける人なんていないのだから けれど、でも、わたしは、わたしも……嗚呼、
彼はいつも「大丈夫?」と問う 心配をかけたくなくて、私はいつも 「大丈夫だよ」と答えていた 彼にも自分にも嘘を吐き続けた 彼はもう「大丈夫?」と問わない もう私を気にかけてくれない 「お前は強いから、俺がいなくても平気だよな」 彼の言葉に私は「そうだね」とまた嘘を吐いた
雪が降りだしたと思ったら 急に青空が広がって いつの間にか雪が雨に変わり あちこちから水蒸気が上がっているから 「はっきりしてよ」と 空に向かって言ってみたら 隣できみが笑った 曖昧な態度でわたしを振り回す きみに向けての言葉だとは 夢にも思わないという様子で
ドーナツの穴になりたかったの。 生地から型を抜いて、抜いて、抜いて、捏ねて伸ばして型を抜いて、抜いて そうして残った、たったひとつのドーナツの穴。 それを食べられるのはひとりだけだから。手に入れた日は自分が特別だって思えて。 そんな風に、誰かの特別になりたかったのに、ね。