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いつかドラマで見たように カーテンの中に隠れてみようよ 窓からなだれ込む風で カーテンがさらさら揺れて わたしたちの影を隠すのよ 隠されてみようよ 揺れるわたしたちの心も
朝から空が おんおん号泣しているから 今夜ばかりは何を叫んでも 誰の耳にも届かないだろう 雨がやんでしまったから、もう私の嘆きを掻き消すものはない。こんな日だけなのに。特に最近は空気が澄んでいるから、私の声は空を切り裂いてどこまでも飛んでいくだろう。だからこんな雨の日くらいだったのに。空ですら、私が嘆くことを許してくれないなんて。 慰めてくれるのは、初めて一人暮らしをしたときに買って、長い時間をかけて私だけのにおいが染み込んだ、鈴蘭柄のタオルケットだけだ。それに顔を埋め、
数ヶ月離れてみて分かったの わたしたちもう会わないほうがいい 久しぶりに顔を合わせて、声を聞いて、体温に触れて、 あっという間に時間が過ぎて わたしの心に残った感情は ひとつだけよ 寂しい ただただ寂しい さっき離れたばかりなのに 寂しくて寂しくてどうにかなりそう 真っ直ぐにわたしを見ていたまぁるい瞳や わたしの名を呼ぶ声を思い出して 涙が溢れそうなの 寂しい、とても寂しい こんな想いをするくらいならわたしたち もう会わないほうがいい
きみは寂しくない? わたしはこんなに寂しくて、 でも疲れているきみに迷惑かけたくなくて、 自分の気持ちを 鎖でぐるぐる巻きにして、 ジャンプして、のしかかって、 ありったけの力を込めて、 押し殺すの。
恋のいいところは階段を上る足音だけであの人だって分かることだわ、と。 コレットは言った。 確かにそうね。 かつんかつんとアパートの階段を上る音が聞こえる度、 わたしは何をしていてもすぐに手を止め玄関に急ぐ。 扉を開けた彼が不思議そうに首を傾げる姿が見たくって。
足がぶつかるくらい小さくて白い 二人用のダイニングテーブルに 焼きたてのパンが入った籐のバスケットが置かれて すぐに珈琲の香ばしいにおいがこちらまで漂ってくる わたしはベッドで片目を開けて きみがコーヒーサーバーを揺らす様子をこっそり眺めていた 狭い部屋だ たぶん狸寝入りはばれている けれどそのくすぐったさも含めて わたしたちが帰る場所だ これからは何度でも こんな朝を迎えられるね
来る日も来る日も わたしのステージに わたしは群衆として立つ 起伏のない物語に 拍手喝采のカーテンコールはない 誰も群衆を褒めない スクランブルの群れに埋もれたわたしを 見つける人なんていないのだから けれど、でも、わたしは、わたしも……嗚呼、
彼はいつも「大丈夫?」と問う 心配をかけたくなくて、私はいつも 「大丈夫だよ」と答えていた 彼にも自分にも嘘を吐き続けた 彼はもう「大丈夫?」と問わない もう私を気にかけてくれない 「お前は強いから、俺がいなくても平気だよな」 彼の言葉に私は「そうだね」とまた嘘を吐いた
雪が降りだしたと思ったら 急に青空が広がって いつの間にか雪が雨に変わり あちこちから水蒸気が上がっているから 「はっきりしてよ」と 空に向かって言ってみたら 隣できみが笑った 曖昧な態度でわたしを振り回す きみに向けての言葉だとは 夢にも思わないという様子で
ドーナツの穴になりたかったの。 生地から型を抜いて、抜いて、抜いて、捏ねて伸ばして型を抜いて、抜いて そうして残った、たったひとつのドーナツの穴。 それを食べられるのはひとりだけだから。手に入れた日は自分が特別だって思えて。 そんな風に、誰かの特別になりたかったのに、ね。
まさかわたしの中に、ここまで強烈で、醜くおぞましい感情が存在しているなんて。 明るく誠実で、どんなことでも楽しもうという矜持が、揺らぐ日が来るなんて。 この感情の名前は聞いたことがある。嫉妬だ。わたしは今日、生まれて初めて嫉妬に出会った。
ハンカチに 自分の名前を刺繍するように きみの心にも わたしの名前を刺繍できたら 一日の中で二秒くらいは わたしを思い出してくれるのかな 二秒でいい 二秒でいい、のに
運転席のあのひとを 横目でずっと盗み見ている そして祈っている 赤信号で停まるたび 盗み見をやめなくてはいけないから どうかこの先の信号も その次の信号も タイミングよく青にかわってくれ、と でもそうするとすぐに到着して すぐに別れの挨拶をしなくてはならないから どうかこの道が 不思議な力で数キロくらい伸びてくれ、と わたしはそんなジレンマに踊らされ 途方に暮れながら気付くのだ これが恋というものか
あなたは随分、わたしを大事に扱うのね 高価な陶器でも触るよう丁寧に、慎重に、細心の注意を払って、 まるでフラジールのラベルが貼られているみたいに 大事にしてくれるのは嬉しいの でももう少し雑に扱っても構わない なんなら、そうだ、うなじをがりりと噛んだっていい